第117話 貴族の男、軍人の息子

「ラジワットさん、ちょっと、いいですか?」


 ゼノンの決意を聞いた幸は、ラジワットと二人で話がしたかった。

 そもそも、自分にそんな能力があるのかどうか。


「私、ゼノンさんをどうやって大きくしたらいいのか、解りません、ラジワットさんは、解るんですか?」


「そうか、、、幸は秘術の勉強をあまり出来ていなかったからな」


 ラジワットが言うには、やはり同じように肩を叩いて、逆をイメージすれば良い、との事だった。


 、、、、、逆?


 いや、逆もなにも、どこから見て、どっち?、、逆?、、、えっ?


「ミユキはマリトの治療の際、小さな龍脈のような物が見えていたね、あれは呪いそのものだ。だから、今度は、その呪いが成長するようなイメージで、優しく叩くんだ、龍脈にエネルギーを注ぐように」


 いまいち、ラジワットの言っていることは解りにくかったが、仕組みが理解出来ると、なんとなく出来そうな気がする。

 それでも、幸は、その秘術を行えば、もうゼノンは元のサイズに戻せなくなるような気がしていた。

 それは、サイズと寿命との関係だ。

 恐らく、仮に巨大化出来たとしても、ゼノンの体にかかる負担は相当なものになるだろう、せっかく人としての権利を手に入れたというのに、幸がそれを行うことが、何か倫理観に触れてしまうような気がしていた。


「ゼノンさん、もう一度、考えなおしてもらえませんか?、私は、ゼノンさんに、幸せになってもらいたいのです」


 ゼノンは、幸が心の底から自分を気遣って言ってくれた事が、本当に嬉しいと感じていた。 

 しかし、男として、やらなければならない時がある、それをゼノンは良く弁えていた。

 そんなゼノンの心を代弁するかのように言葉を発したのは、意外にも、マリトであった。


「お姉ちゃん、ゼノンさんの願いを叶えてあげて。僕だって、お姉ちゃんを殺されれば、きっと同じ事を考えるし、同じ事をするよ。男だからね。だから、お願い、、、、、ゼノンさんを、大きくしてあげて」


 幸は、とても意外に感じていた。

 それまで、マリトは小さな可愛い弟のように思っていたのに、なんだかとても大人の男性のような事を言い出したのだから。


 ロンデンベイルを焼かれ、故郷を失ったマリトは、この旅路ではとても言葉少なく過ごしてきた。 

 幸はてっきり、マリトが色々なショックを受けて、口数が少なくなっているのだとばかり思っていた。

 しかし、そうではなかった。

 マリトはいつだって、幸の事を一番に思い、心配していた。


 そんな弟の言葉を、幸は重く受け止めた。

 どんなに小さくても、マリトは貴族の男で、軍人の息子で、この世界の戦士なんだ。

 だから、そこは男の子の聖域、自分が意見してはいけない領域。

 そんな尊ぶべき領域を、自分が土足で踏み入る事は出来ない、そう思えた。


「解りましたゼノンさん、元の大きさに戻します、ただ、お体の事もありますので、出来るところまでです、いいですね」


 ゼノンは、優しく笑うと「はい」と答え、頭を垂れた。

 男性の心理って、とても解りにくい。

 それが、ダンディズムと呼ばれる大人の考え方だということは知っていた。

 それでも、幸せになることが、いけない事だと言われたような気がして、幸の心にはもやもやした物が残り続けた。


 結局、男性が本懐を遂げればそれで満足かもしれない、しかし、残された女性は、どうしたらいいのだろう。

 こうして無力に、ただ死ぬと解っている男性に対して、なにもする事が出来ないこの空しさと切なさを、一体どう処理すればいいのか。


「ありがとう、お姉ちゃん、、、、大好きだよ」


 マリトは、相変わらず幸の事を好きだと言ってくれる、でも、その好きは、ロンデンベイルに居たときとは、少し違う好きに聞こえてしまい、益々切なくなるのであった。

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