第111話 もう泣くのは止めよう

「ラジワットさん、さすがに今日は無理ですよ、マリトちゃんが可愛そうです!」


「ミユキ、、、解ってくれ、私もさんざん考えた挙げ句の事だ、タタリア騎兵軍団は、これまでミユキが見てきた、どんな破壊よりも残虐なものだ、本音を言えば、今すぐにでも旅立たねばならないレベルなんだ」


 いつも余裕があり、どんな事にも動揺すらしないラジワットが、ここまで追いつめられている。

 これは尋常ではない事が、これから起ころうとしている、それが肌で感じ取れる。


 幸は、再び震えが出始めていた。

 悲しみや恐怖を通り越して、絶望に近い、気の遠くなるような感覚に陥っていたからだ。

 そんな幸を察して、ラジワットは優しく幸の手を握る。


「大丈夫、私が居るから」と。


 作り笑顔で、やっと返事をする幸であっったが、丁度その時に、昼寝から目覚めたマリトがリビングに入って来た。


「あら、マリトちゃん、起きたの?、お外で寝たら風邪をひくわよ、さ、お昼にしましょう」


 こうして三人は、遅い昼食をとった。


 マリトも、雰囲気がいつもと違う事は容易に察していたようで、気丈に明るく振る舞う。

 それがまた、幸の心に刺さってしまう。

 もはや、昼食の味もしない、まるで砂を噛むような、という表現が、今は良く解る。

 砂だ、この食事は、本当に砂だ。

 食事が美味しいのは、心が豊かである証拠なんだろう。

 今日の朝まで、自分はそのような環境だった、そう思うと、この数時間の出来事が、どうか夢であって欲しいとさえ思ってしまう。


 食事を終えて、ラジワットはマリトの部屋に行き、概ねの事情を話す。


 階段を降りてきたマリトとラジワットは、いつになく真剣な表情だ。

 もう、話してしまったのだろう。


 幸は、療養施設を退院してから今日まで、この家での生活を思い出していた。

 最初は、サナリア達も共同生活していたが、三人と一匹になった後も、この家は幸福に満ちていた。

 大好きだったこの家、そしてロンデンベイル。

 ここを、今日中に立たねばならないのだから。


「ミユキお姉ちゃん、、、僕が、絶対にお姉ちゃんを守るからね、大丈夫だよ!」


 マリトは、泣き言を言ってラジワットを困らせるのでは、と思っていた幸にとって、男の子らしいその一言で、もう一杯いっぱいになってしまった。


「マリトちゃん!」


 幸は、そんなマリトに駆け寄って、強く抱きしめた。

 マリトがここまで自分を心配して、気丈に振る舞ってくれたのだ。

 自分だって、しっかりしなければ。


 だから、もう泣くのは止めよう、そう心に決めた。


「ありがとう、マリトちゃん、そうだね、お姉ちゃんも、しっかりしないとね。さ、忙しくなるわよ、またここに戻って来られるように、旅支度と併せて戸締まりもしっかりしないとね!」


 そんな幸の言葉に、マリトは大きな声で「うん!」と返事をする。

 しかし、そんなやりとりを、本当に切ない思いでラジワットは見ていた。

 この家に戻って来られるように戸締まりをする、、、必要は、きっと無いだろう。

 タタリア騎兵軍団は、このロンデンベイルにかつて都市があった事すら解らないレベルに、破壊の限りを尽くすだろう、それは、何度も戦火を交えてきたラジワットには、容易に想像できることであった。

 しかし、二人のモチベーションが下がらないよう、そのことは伏せていた、今夜からの逃避行は、モチベーションが低い状態では続かない、それほど厳しい強行軍になることは、この時、ラジワットだけが正確に理解出来ていたのだから。

 

 「よし、お父さんも、旅支度しないとな!、ミユキ、マリトの準備を手伝ってくれ」


 幸は、今出せる精一杯の声で、「はい!」と返した。

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