第110話 木漏れ日
ベルバロ夫妻が帰った後も、幸は血の気が引いて行くのが解るほど目の前が暗く重く感じられた。
朝食をとり、後かたづけをしている際も、まるで夢を見ているようで、直ぐにでも布団に入ってしまいたい気分であった。
普段なら、仕事を見つけて家事をこなしている午前中も、珍しくリビングでぼんやりとしている幸。
そんな時、庭でマリトが一人で話しているのが聞こえた。
、、、、この時間は、いつもならラジワットがマリトに勉強を教えている時間帯。
どうして、、、、そして、一人で何を話しているのだろう、と窓からそっと様子を見る。
「いいよなー、お前は悩みが無くて。草を食べていれば大きくなれるんだから。」
「クエ~ッ」
どうやら、マリトはユキちゃんと話をしているようだった。
幸は、マリトとユキちゃんが、これほど仲が良かったことに気付いてはいなかった。
子供はすぐに、動物と仲良くなれるんだな、と自身が半分子供であることを差し置いて、少しだけ微笑んだ。
あれだけショックな事があっても、マリトとユキちゃんの日常が、平穏に流れていることに、幸は少し救われた気がした。
「なあお前、恋って、したことあるか?、、、、無いよなー、お前、まだ子供だもんな」
幸は、思わず吹き出しそうになってしまった。
マリトが、ちょっとだけマウントを取って話せる相手、、、、ユキちゃん。
動物相手に、一体何の話をしているのやら。
それでも、解っているのか、いないのか、マリトの言葉に、いちいち「クェ~ッ」と言って反応していた。
そのやりとりが、本当に会話しているようで、なんだか可笑しくなった。
それでも、この時間帯にラジワットがマリトを置いて、一人で何処かに行っている事実、それは間違いなく、新皇帝勅諭に関する件で動いていることは明らかだ。
大きな破壊と破滅の波が近付いているとは思えないほど、長閑な午前中、幸は、まだ、先ほどの話が本当だと思えないでいた。
今日だけは、ラジワットが帰ってくるのが恐ろしいと感じてしまう。
この、ゆっくり流れる日常が、突然壊れてしまうのだから。
そして、ラジワットは、昼食の時間になっても帰ってこなかった。
「マリトちゃん、お腹空いてる?、先にお昼にしましょうか」
マリトは、庭で、ユキちゃんにくるまるように、眠ってしまっていた。
真っ白いユキちゃんが丸くなっている真ん中で、更に小さく丸まって寝ているマリトを見て、幸は少し涙が出て来た。
マリトの寝顔が、可愛ければ可愛いほどに、幸の心は抉られて行くのである。
マリトちゃんが、可愛そう。
よく見ると、ユキちゃんもかなり大きくなった。
最初は幼獣だと思っていたが、今では大人のユニホンとそれほどサイズも違わない。
暖かい日に照らされて、一人と一匹の昼寝姿は、幸を癒してくれた。
そして、まもなくラジワットは帰ってきたのである。
「お帰りなさい、ラジワットさん、、、、、、どう、、でしたか?」
朝よりも、心なしかラジワットの表情は硬く感じられる、それは、幸の気持ちが沈んでいたからだろうか?。
ラジワットに、昼食を勧めるが、彼は食事より先に話しておきたいことがある、と、幸を近くに呼び寄せた。
怖い、緊張した時に感じる、張り詰めたこの空気、幸は正直、これが苦手だ。
「ミユキ、、、ロンデンベイルを出る、マリトには、私から話をするから、ミユキは自分の荷物をまとめなさい」
「出るって、、、、いつですか?、第一、どこへ行くのですか?、私たち、ここ以外に行くところなんて、、、、」
自分でそう言ったあと、幸は「まさか」と思った。
そう、自分たちが異国のタタリアで行ける場所なんて存在しない、飛び地とは言え、ここはオルコ帝国領内、国境を越えない限り、どこまでもタタリア帝国の支配が及ぶ。
、、、、つまり、ラジワットは、越境する事を考えているのだと、それは察するに余りあることだ。
しかし、問題は、いつ、どのように、越境するのか、という部分だろう。
「ラジワットさん、、、それで、いつ旅立つのですか?」
「ああ、、、、今夜にも」
幸は、息を飲んだまま、しばらく吐き出す事を忘れてしまうほど驚いた。
まさか、それほど切迫しているとは、夢にも思っていなかったのだから。
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