第108話 はじめての、、、
「、、、、じゃあ、マリトちゃんは、、、」
ラジワットが真理子の事を語った最後に、ラジワットは幸に残酷な一言を告げた。
~ 真理子が死んだ事実を、まだマリトには伝えていない ~
幸は絶句した。
マリトは、自分の母親がまだ元気に生きていると、信じているのだ。
帝都オルコアの屋敷に、母親が自分を待ってくれている、と思っている。
これほど幸福だと思っていた家族の形に、歪な秘密が隠されていたのである。
マリトがそれを知ったら、どうなってしまうのだろう。
幸の愛をもってしても、きっとマリトの心に空いた穴を埋めることなんて出来ない。
真理子の死、そして幸とラジワットとの結婚、そんな事実を経て、三人と一匹は再び笑い合い、幸福に暮らして行けるのだろうか。
幸には、それがとても彼方の幸せに思えてしまうのである。
「マリトちゃんに、、、、どう伝えるのですか?」
ラジワットは、しばらく考え込んでしまった。
正直な事を言えば、ラジワットの中でマリトは幼い子供だと認識していたが、実際は幸に求婚するほどに、成長している。
それ故に、事実を誤魔化してこのまま過ごすことは、もはや出来ないと感じている。
結局、その日は、マリトに真実を告げるか否かの結論は出ず、それぞれ部屋に戻った。
まさか、こんな夜になろうとは。
マリトが母親の死を受け入れ、三人と一匹が再び笑顔で暮らせる、そんな日が来る事を祈りつつ、幸はマリトが可愛そうでならなかった。
せっかくラジワットがプロポーズをしてくれたと言うのに、たった一日で随分自分の置かれた状況が変化したものだ。
ラジワットの、そしてマリトの悲しみを思うと、幸は涙で枕を濡らすのである。
まるで、自身に起こった不幸のように感じられ、幸の深い愛は、二人の親子を包んでしまいたいという願望へと変化してゆく。
自分が二人を守るんだと、幸は泣きながら決意するのである。
翌朝、いつものように早起きをし、ラジワットに「おはよう」の挨拶を交わす。
それは、もはや昨日の朝とは違ったおはようである。
目を真っ赤に腫らし、昨晩は自分とマリトの為に大泣きしてくれたであろう幸を見て、ラジワットは思わず、気持ちを抑える事が出来なくなってしまった。
「、、、、ラジワットさん?」
幸が朝食の準備をしていたその背後から、ラジワットがそっと抱きついてくる。
これまでに見せたことのない、ラジワットの行動に、幸は少し驚くとともに、今朝が昨日とは違う日常へと移行したことを強く感じる瞬間であった。
「ラジワットさん、朝食の準備中ですよ、、、」
幸は、ラジワットが更にステージを上げてくるのでは、と少し緊張した。
抱きついた後の行動、、、、、それを考えると、思わず赤面してしまう幸。
「ミユキ、こちらを向いてくれ、そして、君の顔をよく見せておくれ」
今朝は、自分の目が赤く腫れていることを理解していた幸は、ラジワットを直視するのが、少し恥ずかしかった。
それでも、なんとなく、今拒否すれば、自分とラジワットの距離は、永遠に縮まらないような気がした。
「はい、、、、ラジワットさん、これでいいですか?」
向かい合う二人。
竈に着けた火の音だけが、キッチンに響く。
ラジワットは、右手で幸の頬を優しく撫でると、愛おしそうに見つめた。
日本人はあまりしない愛情表現だろうか、見られている方が恥ずかしくなるほどに情熱的な視線。
二人の身長差は依然大きいものがある。
それを越えて、ラジワットは腰を曲げて、幸の唇に自身の唇を重ねるのである。
幸の人生観が、一瞬で変わるほどの衝撃が、体を駆け抜けてゆく。
なんだか、自分が別の生き物になったような感覚、さっきまでとは違う自分になったような、心がくすぐったい、あの感触を飛び越えて、心を鷲掴みにされたような、絶対的な支配。
幸はこの瞬間に、自分はラジワットのものになったのだと直感する。
鍋のスープが煮えたぎり、蓋が音を立てて踊り出す不規則なリズムが、幸には自分の心を写したように感じられる。
でも、とても静かだ。
しかし、その静けさを打ち砕くかのような、衝撃的なニュースが二人に飛び込んでくるのは、その直ぐ後のことだった。
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