第107話 創生館の日本手拭い

 真理子が僅かな供を従えてロンデンベイルを発った後、ラジワットも軍に休職を申請し、急ぎロンデンベイルを目指した。

 そうすれば、旅の途中で真理子と接触出来ると思ったからだ。

 今から手紙を出しても、とても間に合わない、連絡手段もない二人にとって、一番早く接点を持つには、その方法しか無かったのである。

 ラジワットは、、信頼のおける副官であるワイセル少尉を伴って、旅路を急ぐのである。


「ワイセル少尉って、あのランカース村で会った、剣士のワイセル中尉の事ですか?」


 そう、カウセルマン中佐と共にランカース村を訪れたワイセル中尉である。

 大隊長時代、彼はラジワットの副官を努めていた、若手士官である。

 実は、意外であるが、このワイセル中尉とラジワットは、年齢も近く、4歳しか違わないのだそうだ。

 もっと驚いたのは、カウセルマン中佐に至っては、ラジワットより5つも年上である。

 それでも、35歳で中佐、そして副連隊長というのは、帝国内でも屈指の出世なんだとか。

 それを考えると、30歳手前で連隊長をしているラジワットは、どれだけのスピード出世なんだろうと、幸はそのスケールの大きさにあらためてため息がでるのである。


 ワイセル少尉との旅は順調に進んでいた、、、しかし、あの山脈越えを成功させた後、ラジワットは衝撃的な事実を知ることとなる。


 それは、山脈を越えて二つ目の村を過ぎた時のこと。

 ラジワットは、もうそろそろ真理子のパーティとすれ違ってもおかしくない地域だと思いつつ、なかなか出会えないことに不安を覚えた頃だった。

 前進方向から、砂塵を上げてこちらに向かう騎馬隊がいるではないか。

 山脈越えを終えたこの地域、道は一本きり。

 もはや姿は見えている状態、これは、一戦交えるしかない。

 そう思ったラジワットは、ワイセルと共に剣を抜き、戦闘態勢を取った。

 ラジワットが相手に名も名乗らず、相手の素姓も聞かずに剣を抜くというのは、かなり希な事らしい。

 そういう意味では、幸が初めて出会った時に、ラジワットが有無も言わさず切り捨てたあれは、相当に希な行為だった事になる。


 迫り来る騎馬隊が、山賊であることは容易に理解出来た。

 ラジワットとワイセルは、騎馬隊に襲いかかると、ほとんど一方的に勝利した。

 この世界で馬に乗った者が、乗っていない者に負けるという事は、かなり希なことらしいが、よもやの奇襲効果が高かった事と、ラジワットが何ら躊躇う事無く馬の足を切りつけた事が勝因だったらしい、この世界では、馬を傷付けることが不作法とされていたためだ。


 ラジワットは、このとき、嫌な予感がしていた。 

 

 それは、この時点で、真理子のパーティと出会っていないことだった。

 馬賊の一人を捕らえ、真理子について知らないか問いつめたところ、つい数日前に、真理子たちと思われる旅のグループを襲撃した事を吐露したのである。

 

「、、、、まさか、、、真理子さんは、そこで?」


 幸は、この急転直下するラジワットの話が、恐ろしいと感じていた。

 それは、日本のように遠距離でも通信が出来る環境とは異なり、一つひとつが手探りの如く事実が解明されてゆく。


「賊のアジトへ行って、決定的なものが、そこにはあったんだ」


「、、、、何が、あったんですか、所持品、、、、とか?」


「、、、ああ、、、、創生館の、日本手拭いが、そこにはあったんだ」


 幸は最初、なぜ日本手拭いがあったくらいで、ラジワットは失望してしまったのかが解らなかった。

 しかし、その意味が解ると、急に背筋の寒い思いがしたのである。


 この世界で、日本手拭いを、それも創生館のものを、真理子以外で持っている可能性がるのはラジワットのものの可能性以外にありえない。

 そして、それを証明するかの如く、ラジワットは二本の同じ日本手拭いを幸に見せた。


「これが、ここに二つある時点で、、、真理子はもうこの世にはいないんだ」


 こんな時でも、ラジワットは本当に優しい笑顔で幸に接してくれる。

 それが逆に、幸の胸を締め付けるのだ、自分にくらい、本当の気持ちや感情をぶつけてほしい、、、将来を誓い合った仲なのだから。

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