第106話 タタリア騎兵軍団

 幼年学校を好成績で卒業し、士官学校へゆく代わりに、日本への留学という形で飛び級したラジワットは、オルコ帝国軍内では神童のように扱われ、まだ18歳の年齢ながら、軍の指揮官を任されるレベルである。

 オルコ軍と合流したラジワットは、創生館で収得した武術を活かし、小隊を率いてタタリア騎兵軍団の側背を突いては、敵を攪乱した。

 タタリア騎兵軍団と言えば、この地域ではもっとも恐れられた存在、それを少数のゲリラ部隊が翻弄する、この世界では考えられない戦法であったが、日本でラジワットが得ていたのは武術だけではなく、様々な戦い方も学んでいたのである。

 それは、強大なアメリカ軍を相手に、ベトナムが取ったゲリラ戦をモデルにしていた戦法だった。


 そして、このタタリア騎兵軍団を消耗させ、オルコ国境へ到達したタタリア軍は、オルコ帝国軍によって撃退された。

 ラジワットはこの時の功績が皇帝陛下に認められ、後に近衛連隊第1大隊長へと大抜擢されるのである。

 元々、このハイヤー家から多くの近衛連隊長が輩出されていたが、ラジワットはこの時、まさかの10代であり、オルコ帝国軍始まって以来の大出世と呼ばれたらしい。


「、、、、それで、マリトちゃんと真理子さんは、一体どうなったのですか?」


 ラジワットは、深く深呼吸をして、窓の外に目をやった。

 何か、想いに耽っているようにも見えた。

 幸は、ラジワットとこれだけ長い時間共に過ごしていながら、実はまったくラジワットの事を知らなかったのだと言うことに、気づき初めていた。

 それは、ラジワットの30歳という年齢から考えれば、妙に大人で、思慮深く、包容力があることから、他の大人であれば気付けた事かもしれない。

 しかし、15歳になったばかりの幸にとって、30歳の男性は、とても大人で、それが当たり前のように感じていたのである。


「結局、マリトの病状は、あの成長が進まない奇病であり、龍脈を排除出来る巫女の存在のみが、唯一の治療方法であることが、ロンデンベイルから知らされた、私は真理子に、手紙でその巫女がどこへ行けば会えるのかを聞いたんだ」


 真理子からの手紙には、意外な結論が書かれていた。

 それは、この世界では、その巫女の存在は確認されていない、というものだった。

 そこで、真理子はロンデンベイルの術者から、異世界の巫女であれば、その能力を秘めている可能性があることを知る。

 

「真理子からの手紙には、マリトを療養所に預け、自分が日本へ戻り、巫女探しをする、と書かれていた」


「でも、日本に戻るには、また神社とつながったチェカーラントの街まで戻らなければいけませんよね」


「ああ、真理子は私がロンデンベイルへ向かう前に、自らチェカーラントへ向けて旅立ってしまったんだ、僅かな共を連れて」


 幸はそれを聞いて、とても驚いた。

 素人が聞いても、それは無謀な旅と思えたからだ。

 いくら武道館の娘とはいえ、あの山脈を、少ないお供を連れて越えようと?、それも山賊だって、もしかしたらタタリア軍だっているのに。

 そう、、、タタリア軍は、ラジワットのゲリラ戦を、とても驚異に感じていた。

 母国オルコ帝国では、英雄であるラジワットも、敵国タタリアでは憎悪の的である。


「そんな状況で、ラジワットさんは、ここまで旅を続けて来たのですか?」


 幸には、ここまでの旅路が、いかに危険なものであったか、ここで理解する事ができたのである、いつも冷静で穏やかだったラジワットも、それだけのリスクを負って旅をしていたのだと。

 思い返せば、ラジワットはそんな最中、とても幸に優しく、丁寧に接してくれていた、危険な旅路も、幸のペースに合わせて、ゆっくりと進んでくれたのだ。

 

 幸は、あらためて、人の価値について思い知らされた気がしていた。

 人間は、誰かのために、どれだけ自分を犠牲に出来るかで、その価値は決まるのだと。

 幸にとって、ラジワットは愛おしい人なだけではなく、人生の教師であり、恩師であり、尊敬出来る人でもある。


 自分の人生に、これほど尊ぶべき人物が現れるなんて、本当に自分は運が良いのだと感じる。


 そして、ついに真理子がその後、どのような運命を辿ったのか、ラジワットが語り出すのである。

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