皇帝勅諭

第98話 大きくなったら、、

 ロンデンベイルの早朝に、木剣のぶつかり合う音が鳴り響く。


「よし、大分いいじゃないかマリト!」


 ラジワットがマリトを相手に、早朝稽古を着けていたのである。

 そうは言うものの、正直マリトの腕力は、ラジワットの息子とは思えないほど弱かった。

 幸の治療は、マッシュ達が去った後も毎日のように行われ続け、マリトの成長は、ほぼ11歳の年齢通りまで復元されていた。

 しかし、ラジワットは毎朝稽古をつけていて、違和感を感じていた。

 自分が11歳の頃と比較して、異様に体力が無いのである。

 それでも、これだけ長い期間、闘病生活を送っていたのだから、仕方がないと、自身に言い聞かせていた。


 マッシュ達が去り、3人と一匹での生活は、もう3ヶ月が経過していた。

 北国らしい、とても短く涼しい夏も、終わりに近付いている頃である。

 タタリア山脈から吹き下ろされる冷たい風が、早くも冬の到来を予感させる、そんな9月の事である。


 幸がタタリア山脈を越えるために切り落とした髪の毛も、なんとか二つに縛れる程度までには伸びていた。

 幸が何気なく鏡の前で髪型を整えていると、前回髪を切った時よりも雰囲気が違う事に気付いた。

 これは、何だろう?

 幸自身も、この世界に来てから、もうすぐ一年が経過する、確かに日本に居た頃に比べて、雰囲気はこちらの人間に近くなったのかもしれない。


 最近も、短い夏用の服をラジワットからプレゼントされ、ご機嫌な幸であったが、本音はラジワットとマリトが自分の夏服姿を、とても誉めてくれたことが、ご機嫌の理由だった。

 サナリア達が去ってから数日は、なんだか気が抜けてしまっていたが、この生活もやがて慣れて行き、ラジワットとマリトとの毎日が、本当に幸福であると、日々噛みしめていた。

 特に、マリトの成長は幸の胸を激しく打つものであった。


 目の前で、大好きな弟が、グングンと成長してゆく様は、見ていて感動的だった。

 依然、筋肉は細いものの、身長だけなら幸に追いついてしまいそうである。

 むしろ、幸の方が縦にではなく、横に大きくなった気がする、、、、。

 それも、腹部が、ではなく、胸やお尻に栄養が行っているように思えた。

 本来であれば、それは喜ばしいことではあるのだが、ここで大きな問題に直面していた。

 それは、マリトといつまで一緒にお風呂に入っていいのか、という事である。

 相談しようにも、年齢の近い友人が、このロンデンベイルにはほとんどおらず、隣に住むベルバロ夫妻に聞いても、いかんせん老夫婦であるために、二人が一緒に風呂に入ることに、何らおかしさを感じていないようだった。


 この世界では、幼い頃から一緒に育った姉弟が、大きくなるまで一緒に風呂に入ることは、それほど珍しく無いのだそうだ。


 もっとも、こちらでは成人が17歳と早いため、それまでには止めるらしいのだが、、、、17歳、、それでは、幸は高校2年生の年齢までマリトと一緒に風呂に入ることになってしまう、、、、それはさすがにマズい。

 更に言うなら、この国は姉弟同士での結婚に関しても例外的に認められているようで、血縁関係にない幸姉弟は、場合によってはこのまま一緒にお風呂に入り続け、適齢期になったら結婚しても違和感が無いのだそうだ。


 いや、、、、だからこそ、これは大きな問題なのだ。


 出会ったばかりの頃は、マリトも幼児としての可愛らしさがあったから、一緒に入っていても、ただ楽しいだけであったが、、、最近のマリトは身長が自分に近いものだから、相変わらず可愛いものの、、、、一緒に裸で居ると、なんだかとてもいかがわしく感じられてしまうのである。

 幸も、さすがに考えすぎかとも思ったが、そこには、幸の成長も影響していた。

 この夏、幸は15歳の誕生日を迎えていた。

 この姉弟は、15歳の姉と11歳の弟という事になる。

 この世界の11歳は、日本の11歳と違い、、、色々と、、、大人なのである。

 そして幸も、この世界に来た時は、幼児体型過ぎて、一部の特殊性癖のある男性以外からは、女性として扱われていないレベルであったが、幸か不幸か最近ではラジワットですら、幸を一人の女性として視線を向けるようになって来ているのである。


 あの、はがねの男、ラジワットが、自身を女として見ている。


 それは、とても名誉なことであり、幸の心の中ではガッツポーズものであったが、、、、、そうなると、やはりマリトとの入浴は、余計に気になる部分である。


 マリトの成長は、正直これほど短い期間で「子育て」を疑似体験したような喜びがあったため、今でも目に入れても痛くないレベルに、溺愛している。

 だが、いつも一緒にお風呂に入っていた幸が、急にヨソヨソしくしたら、きっと傷つくだろうと懸念した。

 そして、、、、マリトの目は、明らかに子供の目から「男性の目」へと変化していた。

 風呂に入る度、マリトの目線が痛いほどに突き刺してくる。


 そんな事が続き、少し幸が困惑している時だった。

 その日も、二人でお風呂に入ろう、ということで脱衣所で服を脱いでいると、マリトは、幸を直視しながら、こう呟くのである。


「ぼくね、、、大きくなったら、、お姉ちゃんを、お嫁さんにする!」


 と。

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