第96話 パーティ解散
その日の食卓は、ささやかながら、宴会となった。
みんな、本当は心に秘めた思いがあったものの、当のマッシュ自身の気持ちを考えると、彼の明るさが、それら思いを封じ込めていた。
彼の、最後の望み、皆で晩餐を楽しむ、、、、。
これ以降、彼は孤独な国王としての重責が待っている、ましてや、一つ目の国境を無事に超えなければ、王国に明日はない。
そんな状況を、笑い飛ばすマッシュの気持ちが、旅を共にしてきた仲間たちには痛いほど伝わってくる。
それ故に、今日の宴は、気持ちよく盛り上げなければならないと、誰もが理解していた。
ワイアットは、買い出しに行ったと思いきや、とんでもない量の食材と酒を両手一杯にして帰って来た。
ワイアットが、いかにマッシュの事を「親友」として大切に思っているかが、そんなところからも伝わってくる。
幸は、男同士の語らぬ友情というものが、カッコいいと思えた。
そして、女同士も、明日でお別れになってしまう、、、、いや、今は考えまい、きっと顔に出てしまう。
これまでの話を総合すれば、幸とサナリアは、もう永遠に会う事は無いだろう。
キャサリンも、いくら未来人とは言え万能ではない、このまま3人の女性陣は、バラバラになってしまうのだ。
幸は、これが最後ということもあり、今自分が出来る精一杯のもてなしをしようと頑張った。
出来るだけ、ワイアットが買ってきた食材を美味しく調理しようと、真心込めて夕食の支度をしたのである。
そして、いよいよ乾杯すると、楽しい夕食は始まったのである。
マリトも、目の前のご馳走と明るい雰囲気に、なんだかとても楽しそうだ。
「お姉ちゃんの料理は、美味しいね」と言ってくれる度に、幸は涙を堪えるのに一苦労した、今日だけは泣いてはいけない夜なのだから。
本国からの使者は、気を利かせて宿屋を取って、食事もそこで済ませていたようだ、もっとも、国王陛下と食卓を共にするなんて事は、そもそも出来ない事だ。
他愛のない会話、いつも通りのメンバー。
これが、明日にはもう見られない。
やはり、幸にはそれが信じられないことに思えた。
メンバーにとって、この宴席こそが、本当に忘れられないものとなった。
マッシュも、破天荒な青春時代に別れを惜しむように、バカになって酒を楽しんだ。
翌朝、幸はいつもより早く起きて、色々準備を始めた。
最高の朝食を準備し、使者の人を含めたお弁当を作ってあげたかった。
そして、ゆっくりと朝風呂に入ってもらい、万全の態勢で帰国の途についてもらいたい、というせめてもの思いである。
「ラジワット、これが本当に最後だ、、、、手合わせをお願いしたい」
マッシュとワイアットもまた、いつになく早起きだ。
見れば、旅支度も済ませ、昨日のバカっぽい表情とは打って変わって、何か王たる威厳すら感じられた。
ラジワットも、今や一国の王となったマッシュを相手に、組手とは言え怪我をさせれば国際問題になりかねないリスクを十分に理解した上で、彼の申し出を快く受け入れた。
「ではマッシュ、行くぞ」
「ああ、遠慮は無用だ!」
あれだけ地味な訓練を面倒臭がっていたマッシュであるが、やはり戦闘センスは抜群で、訓練期間を考えれば素人同然のはずが、案外ラジワットと互角にやり合っていた。
「ラジワット、まさか手を抜いていないよな、そうだったら、本当に怒るからな!」
「そんな訳、あるか!、マッシュ、君は意外と飲み込みが早いな!」
マッシュは、少し笑顔になって、この練習試合を楽しんでいるようだった。
ラジワットも、もし手を抜けば、それが無礼に当たる事を理解していた。
それ故に、最後の技は、とても鮮やかだった。
「ウッ、ッツッツ!」
瞬時にマッシュはラジワットの足をタップした。
それまで、打撃系中心だった徒手格闘を、関節技で決めたのである。
一瞬、ワイアットの表情が青ざめたが、力加減も、さすがのラジワットである、怪我に至る事は絶対に無かった。
、、、、、国王陛下を、関節技で
それでも、マッシュの表情は、何かが吹っ切れたように爽やかなものだった。
タオルを持って、マッシュの元へ駆け寄るサナリア、もうすっかり妻として定着している。
きっと、良い国王と王妃となる事だろう。
男性陣は、ゆっくりと風呂に入り、幸が作ってくれた朝食を「本当に美味しいな」と言いながら、沢山食べてくれた。
自分が作った料理を、美味しいと言いながら平らげてくれるのは、本当に気持ちが良い。
これが、明日からは半分以下の量になるのかと思うと、幸はやはり寂しく感じた。
手でパンを千切りながら、それまで「本当に美味しいわよね」と喜んで食べてくれていたサナリアが、手を止めて、パンをテーブルに置くと、おもむろに立ち上がり、幸の元へ駆け寄ると「フェアリータちゃん!、フェアリータちゃん!!、あなたの事は、生涯忘れないわ!」と言いながら、泣き出してしまった。
もう2か月近く姉妹のように過ごして来た二人には、これでもう、会う事も無いであろう自身の運命に、抗う手段は皆無だ。
だから、別れを惜しんで泣く意外に、出来る事なんて存在しないのだから。
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