第95話 国王陛下

「マッシュさん、これは一体、どういう、、、」


 幸がそう言いかけると、一番先頭で跪くワイアットがマッシュに何かを言い始める。


「この度の件、心よりお悔やみ申し上げます、そして、私、王立軍中尉ワイアット・メイ・ロームボルドは、マッシュ・メイ・ドットス陛下に対し、生涯の忠誠を誓うものであります、国王陛下」


 それを聞いたラジワットは、特に何も語らなかった。

 つまり、ラジワットは全てを知っていたのである、マッシュが王国の第一王子であり、父親である国王が重篤な病に伏していること、そして、その父親が崩御したことにより、マッシュが新たな国王へと、即日戴冠したことを。


「そんな、、、、マッシュさん、、、マッシュさんが国王陛下?!」


 立ち尽くす幸を横目に、ラジワットはマッシュの前へ行くと、同じく跪き、丁寧な口上を始めた。


「手前、オルコ帝国軍大佐ラジワット・ハイヤーは、この度のマッシュ殿下の国王戴冠に対し、心よりお祝いを申し上げます」


 暫くそのまま何も語らなかったマッシュは、周囲にいた家臣を、一旦引かせ、いつものメンバーの召集を命じた。

 その表情を、他人に悟られまいとしているマッシュは、なんだかもう遠くの人となってしまったようで、幸は少し寂しく感じた。

 先ほど知らない声が聞こえていたのは、王国からの使者であった。

 早馬を飛ばし、最速でここまで到着したようだ。

 国境を正式な手段で二つまでは越えたものの、タタリア帝国との正式な国交の無いドットス王国の使者は、越境後、冒険者に扮しての旅路であったという。

 旅の疲れもあるだろう、との配慮から、彼らには客間で休んでもらい、いつものメンバーは広間に集まった。


「みんな、集まってくれてありがとう、そしてフェアリータ、俺のために、随分悩んでくれた事、心より感謝する」


 マッシュは、開口一番に幸への感謝の言葉を述べた。

 それは、国王となったマッシュからの、最大の謝意である。

 使者が同席していたならば、異国の少女への賛辞は、国際慣例上の正式な謝意となるため、些細な事であってもこれからは自分の気持ちを安易に話す事が出来なかった事だろう。

 サナリアが、堪らず席を立つと、座ったままのマッシュの頭を抱き抱えて、、、泣いた。

 使者が旅立ったのは3週間も前、つまり、サナリアが幸に相談を持ち掛けた時点で、国王は崩御していたことになる。

 

「フェアリータちゃん、私達のために、思い悩んでくれたこと、本当にありがとう、あなたは、私達にとって、掛け替えのないお友達、そうよね」


「ワイアット、サナリア、キャサリン、ラジワット、フェアリータ、マリト、、、、今日が最後だ、だから、今日だけは、今日までは、いつも通りの冒険者パーティとして、付き合ってくれないか?」


「国王陛下、、、それは、、」


 ワイアットが、畏まってそう言うと、マッシュは少し怒った表情でこう言い返した。


「ワイアット、今日が最後なんだ、、、明日からは国王と家臣の関係になる、俺たちが親友として食卓を共に出来るのも、今夜が最後だ、、、だから、頼む、俺が我儘王子だった、最後の夜の、最後のお願いだ、今日だけは、ただのマッシュとして共に過ごしてほしい」


 そう言い終わると、感極まったマッシュも、少し涙ぐんでいるように思えた。

 ワイアットも、小さく「わかった」とだけ言い、買い物に出て行ってしまった。

 

 こうして幸は、あれだけ悩んだ王国行の話が消滅してしまい、なんだか気の抜けたようになってしまった、そして、、。


「マッシュさん、、、本当に王子様だったんだ、、、」


 いつかの日、ラジワットが彼の事を「王子様」と言った事があったが、当然それはなにかの例えなんだと思っていた。

 日本に居た頃、周りに王子様がいなかったので、まさか本物が居る、という考えが及ばなかった。

 そして、サナリアは自動的に「王妃」となるわけで、、、、。


「道理て、浮世離れしていた訳ね、、、」


 それでも幸は、未だにこれら事実を飲み込みきれていないのである。

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