第93話 誰かの役に立ちたい

 新居に移ってから、早くも一週間が過ぎた。

 朝の稽古から始まり、朝食を採った後、各々このロンデンベイルで学びたい分野に赴き、ここでしか学べない事の習得に励んだ。

 特にサナリアは、以前から来てみたかった「魔法の聖地」という事もあって、朝出てから夜戻るまで、本当に根詰めて習得に余念が無かった。

 それはマッシュとワイアットも同様で、恐らくもう、一度ここを出てしまえば、二度と来る事は無いと認識した上で、強欲に習得している様子だった。

 ラジワットはマリトに、遅れていた勉強を付きっ切りで教え初め、まるで家庭教師のようだった。

 幸は、と言えば、近所の親切なベルバロ老夫婦宅にお邪魔しては、料理の勉強をさせてもらい、最近は御菓子の作り方まで学んでいた。

 パンやクッキーは、日本に居た頃、経験程度しか作っていなかったため、この老夫婦から教わる事は、どれも大変勉強になった。

 そうしてレパートリーが増えるに連れ、食卓は日々豪華さを増して行くのである。

 幸が一番嬉しかったのは、お菓子作りをしている最中、羨望の眼差しで自分を見て来るマリトが、もう本当に可愛いかったことである。

 テーブルを両手で掴み、小さい体で早くお菓子が出来ないかとピョンピョン跳ねる姿が、本当に愛らしかった。

 

 サナリアは修学のため、その時間も居ない事が多かったものの、ほとんどのメンバーは、このおやつの時間には帰宅しており、遅めのアフタヌン・ティーを楽しむのである。


 

「ねえ、フェアリータちゃん、この間の話なんだけど、、、」


 サナリアが、夕食を終えた後、リビングで片付けをしていた幸に、申し訳なさそうに話しかけてきた。


「どうしたんですか、サナリアさん」


「あのね、私、この一週間ほど、ロンデンベイルの著明な術師の元を訪ね歩いて、秘術を学んできたし、色々聞いて来たわ。その中でね、私、気付いたのよ」


「、、、、えっと、、、何をでしょうか?」


「、、、、フェアリータちゃん、あなたほどの力を持ったヒーラーは、どうやらこのロンデンベイル中探しても、いなかった、ということに、ね」


 それは、明らかにお世辞などでは無いようだった。

 そう言えば、ラジワットが外でマリトに治療をしようとした時に、制止された事があった。

 あの行動を思えば、確かにそれは有り得ることと言える。

 しかし、この世界的に有名な療養所の中で、さすがに自分が一番強力だという事は、にわかには信じ難いのである。

 

「流石に、もっと力の強い術者は居るんじゃないですか?」


「それがね、、、、いないのよ、本当に」


 サナリアが言うには、魔法やその他の分野で、幸を凌駕する人物はいるものの、あの、マリトを治療した時のような力は、イレギュラーと言えるレベルなんだそうだ。

 実際、マリトの治療は今現在でも毎日続けられ、身長は着々と伸びつつあった。


「マッシュさんのお父さんは、やっぱり小さくなる病気なんですか?」


「いいえ、少し違うけど、、、フェアリータちゃんなら、治せそうな病状ね、、、マッシュも元気に振る舞っているけど、あいつ、本当は毎日フェアリータちゃん以上の術師を捜し歩いているようなの、、、」


 幸は、サナリアもマッシュも、同じ旅路を共にしてきた大切な仲間だと思っている、それだけに、この二人が本気でそこまで考えているのであれば、力になってあげたいと思う事は、自然な流れと言える。

 それでも、幸はせっかく掴んだ今の幸せが、あまりにも尊く感じられ、返答に困るのである。


 それでも、幸は性善説の中に生きる少女、誰かの役に立ちたいという気持ちが、人一倍強いのである。

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