第92話 朝の食卓

 感慨深い夜だった。

 幸は、一番大切なものに囲まれて、夢のような一夜を過ごした。

 寒さ震える雪の中、明日は死ぬかもしれない不安な夜、そんな幾つもの夜を超えたからこそ、今日の日の幸せは、より一層その意味を深めたのだと思う。

 幸は、両隣の二人より大分早く起きて、二人の顔をうっとりと眺めていた。

 この二人が、自分を大切に思ってくれている。

 そんな事実を深く噛みしめて、まだ夜も明けきらぬ内に、幸はキッチンへ降りて行った。

 

 物音を立てないように、朝食の準備を始める、こんな事も、なんだか幸せに感じてしまう。

 自分の作った料理を、美味しいと言いながら笑顔で食べてくれる家族がいる、14歳の幸には、少し早すぎる幸福のイメージなのかもしれない。

 今日からは、毎日こうして全員分の朝食を作る、なんだかお母さんになったみたいで楽しくなる。

 

 暫くすると、男性陣が朝稽古のために起きて来る。


 上半身裸になり、3人は今日も空手の稽古を始めた。

 本当は幸も参加したかったが、宿屋と違い、家事や炊事をする人はいないから、これは自分の仕事だと幸は思っていた。

 それに、女性陣と言っても、サナリアはお嬢様オーラが強すぎて、多分この種の家事には向いていない、キャサリンは、もうなんだかこの時代の家事が出来るとは到底思えなかった。


 幸は朝食の仕込みが終わると、サウナの準備を始めた、朝稽古でかいた汗を、きっと直ぐに流したいだろうし、朝風呂は気持ちが良い。


 次に女性陣が洗面のために降りて来る、「お湯、沸いてますよ」と言うと、サナリアが抱き着いてきて「もう、いい子なんだから!」と幸に甘えてくる。

 こんなサナリアも悪くない。

 キャサリンは、いつもの通り独身OLのように朝は機械的であるが、毎日のように二日酔い状態なんだろう、洗面より先に一杯の水である。


 男たちが稽古を終えてリビングに戻ってくる、「お風呂の準備が出来ていますよ」と幸が言うと、ラジワットも喜んで、「流石だな」と言ってくれた。

 幸は、そんなラジワットの一言が聞きたくて、家事に励んでいるのだと痛感した。


 男性は全員でサウナに入り、朝から気持ちよく汗を流すことが出来たようだ。


 皆が風呂に入っている間、サナリアが幸に再び抱き着いてきて「昨日は、いい夜だった?」と聞くので、幸は真っ赤になりながら、「違います、マリトちゃんも一緒です」と言うものだから、サナリアは、自身が昨晩経験した以上の事が、幸の身に起こたのかと思い、困惑した表情を浮かべる。

 

 ん、、?、あれ?、、、、。


まさか3人で、と、、

勘違いしている?!


 幸は慌てて「違います!、そんな訳、ないじゃないですか!」と強めに否定すると、サナリアも「冗談よ!」と笑いながら返した。


 そんなやり取りが終わった頃、風呂上りの男たちを食卓に座らせ、全員で朝食となる。

 家長のラジワットが「いただきます」と言うと、全員それに倣って一礼し、朝食の時間が始まる。

 みんな「美味しい」と言って沢山食べてくれた。

 マリトもニコニコ顔で「美味しいね」と言いながら一所懸命に食べてくれた。

 キャサリンも、「二日酔いに、いいわー、これ!」と言い、サナリアも「あなた、何でも出来るのね、、、私も習おうかしら」と感心しきりだ。


 幸は、そんな朝の食卓を一歩引いて見ながら、急に大家族のお母さんになったみたいで、心がまた、くすぐったくなっていた。

 それは、幸が完成させた作品のようなもの。

 こんな日常が、永遠に続いたら、私はもう何も要らないな、と思った。


 食事が終わると、せかっくなので、と女性陣も入浴を始めた。

 幸は二人が出た後、洗濯も兼ねて一人で入ろうとしたが、マリトが「一緒に入る!」と言い出し、、、、困惑した。

 姉弟のいない幸にとって、異性の姉弟が何歳まで一緒にお風呂に入るかなんて、考えた事も無かった。

 でも、ダメと言えば、マリトを傷つけてしまうかもしれない、と思った幸は、マリトの治療も兼ねて、と思い一緒に入ることとした。

 

 全裸になったマリトは、やはり痩せていた。

 そんな華奢で小さな身体を見た幸は、自分がもっと美味しい料理を作って、必ずマリトを年相応の体格にするんだ、と決意を新たにする。

 、、、いや、しかし、年相応以上に筋肉質になって「お姉ちゃん、一緒にお風呂入ろう」と言われたら、どうしよう!、と、まだまだ先の心配までしてしまう。


 それにしても、マリトは随分、、、何と言うか、、私の身体を直線的に見て来るな、と思う。

 きっと、女性の裸なんて、見た事無いのだろう。

 それにしても、そんなにあからさまに見られたら、さすがに恥ずかしくなってしまう。


「なに?、私の裸が、そんなに珍しいの?」


 冷やかし程度に聞いたつもりだったが、マリトの言葉は少し意外であった。


「、、、ううん、お姉ちゃんの身体、とっても綺麗で、僕、見惚れてしまったんだ」


 ああ、、、、もう、、、、この子は、なんなの?、これは将来、女を泣かせるタイプね。

 そんな事を言われたら、どう反応したら良いのやら。

 そもそも、男性から女性として見られたことって、、、、ああ、練馬に居た頃、襲われた中年おじさんがいたな。

 あの時は、、、、幼さ故に、反応されてしまった、、、最低の思い出、、、もう思い出したくもない。

 でも、あの時、助けに来てくれたラジワットさんのお陰で、自分はまだ、こうして穢れを知らない身体でいられるんだ。

 

 あらためて、幸は浴室の大きな鏡に映った自分の身体を見てみる。


 すると、どうだろうか、マリトが言うように、半年前よりも、大分肉付きも良く、ボディーラインも女性らしくなってきている。

 こうして見ると、単純に体重が増えただけではない、胸もお尻も随分丸味を帯びた気がする。

 少し生傷と痣も増えたが、この世界に来て、自分も急速に成長している事に、この時ようやく気付くのである。

 

 これなら、ラジワットが自分を女として意識してくれるんじゃないか、、、、、などと、少し考えた幸は、勝手に赤面してしまうのである。

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