第88話 退院許可
初めての洋服屋から翌日、ラジワットはある提案を幸にした。
「なあミユキ、君が良ければなんだが、マリトの具合も良くなってきている、療養所の許可が下りたら、、、、一軒家を借りて、3人で一緒に住まないか?」
ラジワットのその一言で、幸の視界は一気に広がったように感じた。
凄い!、それは本当に凄い!
マリトちゃんだって、一刻も早くこの病室を出たいに決まっている。
幸は、ラジワットと3人で仲良く暮らす家を想像して、それがなんと幸福なイメージなんだろうと、目をうっとりとさせながら、逸る気持ちを抑えた。
「それなら、、、サナリアさん達も、一緒に住めますね」
幸がそう言うと、ラジワットも笑顔になった。
本来ならば、家族水入らず、と言いたいところだろうが、マリトの成長を考えれば、近しい人間が大勢いるのは良い傾向だ。
それに、剣術や空手の稽古も継続する以上、少しづつでもマリトに武術を教えてあげる環境が出来ると、ラジワットも捉えていた。
ラジワットからすれば、巫女を探すまでの間、自身ではどうすることも出来ない閉塞状況から、マリトの面倒を見てこられなかった。
それ故に、これはマリトへの埋め合わせでもあった。
宿の二階から、いつもの4人組が下りてきて、朝食を採ろうとするが、やはり様子が少しおかしい。
「どうしたマッシュ、喧嘩でもしたか?」
すると、マッシュは苦笑いをしただけで、何も答えなかった。
ラジワットは、いつもの事だろうと思い、さっき幸と話し合った内容を4人に伝えようと思った。
「なあマッシュ、私達は3人で一軒家を借りようと思っている。君たちが良ければ、一緒に住まないか?」
マッシュは、その申し出に、一瞬驚いた表情を浮かべたが、再び冷静な表情へ移ってしまった。
「ラジワット、あんたの申し出はとても有り難い、よそ者の俺たちが戸建ての家に住むことは、そんな事情が無ければ不可能だろうし。だけど、俺はサナリアと一緒は御免だ」
すると、サナリアは一瞬激昂したようになるが、それは怒っていると言うより、悲しんでいるように幸には見えた、いや、、、もはや泣き出しそうな表情だ。
慌ててキャサリンが仲裁に入る。
「もう、マッシュ!、あなた、いい加減にしなさい!、サナリアをごらんなさいよ、、、彼女、傷ついているわ」
「、、、サナリアが悪いんじゃないか、、、どうせ、サナリアだって、俺よりワイアットが婚約者だった方が、良かったんじゃねえか!?」
幸は、一瞬マッシュの言っている事が解らなかった。
だが、事態は意外な方向へ流れて行く。
ガシャン!
朝食が置かれたテーブルを激しく蹴ると、マッシュに怒りを露わにしたのはワイアットであった。
ワイアットは、マッシュの胸倉をつかむや、何も語ることなく思い切りマッシュの顔を殴った。
朝の食堂に、緊張が走る。
倒れたマッシュは、口から流れた血を拭きとると、怒りに任せてワイアットに怒鳴りかかろうとするが、それよりも早くワイアットはマッシュに馬乗りになると、マッシュの顔を何度も殴るのである。
「ちょっ、止めてください!、どうしちゃったんですか二人とも!、、、ねえ、ラジワットさん、止めてあげてください!」
「、、、いや、いいんだ、今マッシュに必要なのは、本気で殴ってくれる友人なんだから」
ラジワットは、冷静にそう答えた。
しかし、それを差し引いても、ワイアットの殴り方は本気過ぎて、少し怖い。
このまま一方的に殴ったのでは、マッシュが死んでしまうのでは、と思えるほどに。
マッシュの顔が変形して、目に痣が出来る頃、ワイアットの手はようやく止まった。
「いいかマッシュ、俺はな、俺は、サナリアの事が好きだ、いつも一緒にいて、気が強くて、それでいて優しいサナリアは、この世で一番の女性だと思う、だがな、いいか、よく聞け!、俺は、お前とサナリアに授かった王子を、生涯かけて見守るつもりだったんだぞ」
マッシュの胸に、ワイアットの涙が流れ落ちる。
それを聞いていたサナリアが、二人に駆け寄ると、ワイアットに「ごめんさない」と一言誤った。
マッシュは、床に仰向けになったまま、横を向いていた。
「ワイアット、あなたの気持ちは嬉しかったわ、でも、私、、、マッシュの事が好きなの!、愛してるわ、心の底から。許嫁だから結婚するんじゃないの、私はマッシュと結婚することが、子供の頃からの、、、夢だったの」
目を真っ赤にしたワイアットは、無理やり笑顔を作ると「それでいい、それでいいんだよ」と静かに語った。
「サナリア、俺が言った事は忘れてくれないか、一生のトラウマになりそうだ。その代わり、君たちの子は、俺が必ず立派な戦士に育て上げる」
「、、、もう、気が早いわよ、、、、でも、ありがとう」
そう言うと、サナリアも無理に笑顔を作った。
こうしてラジワットがようやく間に入って話を聞いた。
「何が切っ掛けで喧嘩になったのか」と。
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