第87話 マリトの洋服箪笥
幸は、マリトの洋服箪笥を見て愕然とした。
なぜなら、外に着て行ける服が、ほとんど無いからだ。
マリトは、本当にずっと、この部屋から出ることもなく、毎日を過ごしていたんだと、あらためて感じた。
そもそも、身体が大きくなったため、今までの服は、もう全て着ることが出来ない。
さすがにつんつるてんの寝間着で外出という訳にも行くまい。
「はい、お姉ちゃんの服を貸してあげるから!」
幸は、持参していた学校指定の体操服と、ラジワットに買ってもらった旅の服の替えをマリトに渡した。
「いや、、、僕、いいよ、小さくても、このままで!」
「何言ってるの、そのままじゃ恥ずかしいじゃない!、どうして私の服を着てくれないの?、お姉ちゃん、悲しいよ」
幸は、初めてマリトに拒絶されたようで、少し驚いてしまった、、、そして、少し悲しかった。
しかし、それは拒絶と言うか、、、、。
「、、、、だって、それ、お姉ちゃんのでしょ!、僕、女の子の服なんて、ヤダよ!」
ああ、そっちか!、良かった、嫌われたかと思った。
あまり気にしていなかったが、ラジワットは幸に、とても上質でお洒落な服を買い与えていたのだという事に、この時ようやく気付いたのである。
サナリアが言うには、幸の服装がとても高級な品であったため、ラジワットと幸の二人を見て、とても高貴な親子だと思ったのだとか。
それ故に、幸が着ている服は、この世界ではとても女の子らしく、可愛いデザインなんだそうだ。
、、、それで、あんなに嫌がったのか、、、。
そうは言いつつ、マリトは本当に外へ着て行ける服が無くなっていた、そのため、渋々に、幸の服を一時的に借りることとした。
「まあ、、まあ、まあ!、似合うじゃない!」
さすがはラジワットの息子だけあって、何を着せても似合う。
こうして見てみると、やはりこの服は女の子の可愛さを引き立てる、とても可愛いデザインだと感じた。
まー♡!、、、、マリトのなんと可愛いこと!
これなら女の子と言っても、だれも疑わないだろう。
マリトは、モジモジと恥ずかしそうにしている、それがまた、幸の「お姉ちゃん魂」(お姉ちゃん魂?)に火を点ける。
ああ、こんな事なら、自分のセーラー服、ランカース村に置いてくるのではなかったと、少し後悔した。
きっと、似合うだろうな、セーラー服姿のマリトちゃん、、、、グフフフフっ!。
幸は、、もう、、、、絶好調であった。
ラジワットも、息子が女の子の服装では流石に可哀想だと思ったらしく、外出して最初の目的地は、、、、洋服屋だった。
、、、まあ、そうよね、マリトちゃんが、可哀想よね、、、と、少し残念に思った。
そんな幸の事が、マリトは気になって仕方がない、マリトにとって、幸は恩人であり、真っすぐに愛情を向けてくれる初めての兄妹だ、、、、まあ、向けられた愛は、真っすぐとは言い難い、、、、ちょと歪んだものでは、、あるが。
「おねえちゃん、お洋服を貸してくれて、ありがとう、、、ちょっと恥ずかしかったけど、でもね、嬉しかったよ!」
天使か!、この子は天使か!。
幸は、マリトのそんな言葉の一つ一つに感動すら覚えた。
「マリトちゃんは、いい子ね、、、じゃあ、今度、私の制服を着せてあげるね!」
マリトは、幸の事を、とても好意的に思っていたが、、、、それとこれとは別だな、と思った。
とりあえず「うん、そうだね」と答えたが、明らかな空返事である。
それでも、これまで同年代の子供と、こうして仲良く話すことも無かったマリトに、幸というお姉さんが出来た事は、ラジワットにとっても、嬉しい誤算であった。
まさか、幸がここまで子煩悩な少女だとは、思っていなかった。
マリトは、やはりまだ体調が全快とは行かず、途中からラジワットが背負っていった。
それでも、目的の洋服屋に到着すると、マリトは目を輝かせた。
そこには、マリトが憧れていた冒険者装備も陳列されていたのだから。
「僕ね、大きくなったら、お父さんみなたいな、強い男になるんだ!、だからね、ミユキお姉ちゃんも、僕が守ってあげるからね」
ん~!!!!、なんて良い事言うんでしょう!、もう、もう、、、、もう!!
幸は、マリトの言った言葉を脳内で繰り返し反復しながら、何度も味わった。
そして、ラジワットに目をやると、、、、、その眼は潤んでいるのである。
ああ、そうだわ、きっと、ラジワットさんは、マリトちゃんから、こんな言葉を聞きたくて、こんな辛い旅をして来たんだわ。
近衛連隊長という立場でありながら、政治の安定しない隣国「タタリア帝国」に、半ば密入国を繰り返し、ただマリトのためだけに、今日まで頑張って来た父親の姿なんだ。
そう思うと、幸もまた、目頭を熱くした、、、、なんだか、ロンデンベイルに来てから、私は泣いてばかりだな、と思いながら、嬉し涙が大半なんだということも噛みしめて。
「やっぱり、男の子なんですね、マリトちゃん、さっきから剣とか装具ばっかり見て!、ウフフ、もう、可愛い!」
幸は、ラジワットにそう囁くと、ラジワットも嬉しそうにしていた。
こんなに喜ぶマリトを見ていたら、時間が経つのなんて忘れてしまいそうになる。
しかし、現実はそうも行かなかった。
マリトも、これまでずっと病院暮らし、今日は興奮しすぎて、顔色が悪くなって行く。
「大丈夫マリトちゃん!、もう、こんなに興奮するから!」
幸はマリトの背中に手を当てて、再び稲妻を見ようとした、しかし、それはラジワットに制止された。
「ミユキ、君の秘儀は、まだ内密にしよう、さすがにこれは強力すぎる」
事情は解らないが、幸の能力がこのロンデンベイル内ですらあまり公に出来ない何かがあるようだ。
マリトが、少し残念そうにしている。
「大丈夫よ、これからは、もう病室に籠っている必要なんて、ないんだから」
幸がそう言うと、マリトは再び笑顔になった。
そうだ、この笑顔のためなら、きっと何だって出来る、毎日、肩だって叩いてあげられる。
取り急ぎ、マリトに合った服を選び、その日は帰ることとした。
マリトの服は、いかにも元気一杯の少年が着てそうな服だった。
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