第86話 お姉ちゃん!

 マリトの肩に正対し、幸の2回目となるチャレンジが開始された。

 小さな肩、まるで中型の犬くらいだろうか。

 幸は一度、大きく深呼吸をして、今回は直ぐに肩を叩かず、精神を集中させ、マリトの肩に手を置いた。


「フェアリータちゃん、、、あれは何をしているの?」


 サナリアが、やや心配した声でそう聞いて来た。

 しかし、幸の集中は、既に深い所まで達している、昨晩の、小さな稲妻を見付けるまで、幸は動かないつもりだ。

 部屋の中を静けさが支配して、2分程度が経過した。

 集中した幸の脳裏に、昨晩と同じ小さな稲妻の気配が、一瞬だけしたのが解る、すると、それを切っ掛けに、マリトの中に巣食う線虫のような、白くて細い何かがはっきりと見えたのだ。


「、、、、これ、、これね」


 幸は小さく呟くと、急にマリトの肩を叩き始めた。

 今回は、その構造が理解出来ていた、結局、この白い線に叩いた手を当てないと、効果が発揮されないのだ。

 前回のゼノンは、身体の大きさが逆で、幸のほうが小さかったため、大振りで叩いても、この小さな稲妻に手を当てる事が出来ただけで、見えていた訳では無かった。

 しかし、今回は違う、叩く一回ごと、それは確実に小さな稲妻を捕えていた。

 幸は、確かな手ごたえを感じ、それがやがて駆逐されて行くのがはっきりと見えていた。


「マリト!、、、、マリト!!」


 ラジワットさんの声がする、歓喜の声だ。

 幸は目を瞑ったまま、一所懸命に叩いていた。

 その歓声は、ラジワットだけではなく、他の4人のメンバーからも聞こえた。


 そう、多分、成功している。


「お姉ちゃん!、、、ありがとう!、僕、僕ね、ほら、こんなに!」


 マリトの声がする、幸は恐る恐る目を開ける、すると。


「まあ、、まあ、まあ!、、、、マリトちゃん、あなた!」


 幸の目に飛び込んできたのは、先ほどとはまるで別人のように大きくなったマリトの姿だった。

 もう、9歳くらいの大きさになっただろうか。

 先ほどまで5歳くらのサイズだったから、急成長と言ってもいいくらいの大きさだ。

 小さいマリトも可愛かったが、成長したマリトの姿は感動的であった、この感情を、どう表現したら良いのだろう。

 きっと、成長を見守る母親の心理とは、このようなものなんだろう、と幸は思いを巡らせた。

 「お姉ちゃん!」と言って、泣いているマリトが幸に抱き着く。


 やった、、、やったのだ!、成功したのだ。


 ラジワットも泣いている、なぜか連れて男性陣も、女性陣も、、、、みんな泣いて喜んでくれている。

 こんなにも幸福な瞬間が来るなんて!。

 もちろん幸も泣いた、マリトと二人で抱き合って、沢山泣いた。

 



「マリトちゃん、本当に大丈夫?」


 感動の瞬間から2時間ほど過ぎ、日も登っていた。

 マリトは、急成長したことで、これまでの体調不良が嘘のように元気になり、外に出たいと言い始めた。

 ラジワットは、まだ流石に早いよ、と言ったが、幸の目から見たら、何ら問題の無い少年にしか見えなかった。

 

「大丈夫よ、何かあれば、私がまた肩を叩いてあげるから!」


「いや、、、、もう、チケットがないんだ、、、、」


 もう、ラジワットさんは案外水臭いと感じた。

 そんなもの、無くたって、いくらでも叩いてあげますって!。


「ラジワットさん、私達は家族なんですから、そんなもの無くても、いつでも叩きますよ、、、その、、、ラジワットさんだって」


 ラジワットは、何故かとても照れたように遠慮した。

 幸は、そんなラジワットの反応が、珍しいな、と思った。

 これまでだって、少なくとも一般的な男女のそれ以上に、スキンシップして来た仲だけに、今更肩たたきで照れることもなにのに、と。

 それに、もう一生、肩たたき券を作って、誰かにあげる事はしない、それが、ラジワットのような善人の手に渡るとは限らない。

 今回は、運が良かっただけなんだと、幸は自身の幸運に心から感謝した。


 あの日、ラジワットに助けてもらっていなければ、こんなに幸せな時間を過ごす事なんて出来なかっただろうから。

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