第84話 大粒の涙

 幸は、マリトの肩を叩き続けた。

 既に3分程度経過した、ゼノンの時であれば、もうとっくに効果が出ているはずだ。

 幸はかなり焦っていた、、、この旅路の全てが、灰燼に帰す、そんな言葉が頭を過る。

 

 いや、まだだ、焦ってはダメだ、自分は出来る、必ず!

 そして、マリトの病気を、自分が治すんだ、そう呟いた。

 

 でも、だめだった。


 幸が肩を叩き始めてから、すでに5分が経過している。

 マリトの身長には、全く変化が見られない。


 絶望と悲しみが幸を襲い、目の前が暗くなる。

 本当に血の気が引いているのだと、自分でも解る。


 人間は、こんな時、それが夢を見ているように、フワフワとしてしまう。

 こんな大事な時に。

 マリトのベッドに、幸の大粒の涙が幾つも零れ落ちる。


「ゴメンねマリトちゃん、、、、ごめんささい」


 鼻をすすりながら、顔をグシャグシャにしながら涙を流す幸を、マリトは優しく諭す。


「ミユキお姉ちゃんのせいではないよ、僕の症状が、重いのが悪いんだから」


「そんなことない、私、マリトちゃんの事を、絶対に治してみせるから!」


 そんな幸の肩を、ラジワットが優しく手を置く。

 きっと、ラジワットが一番落胆しているに違いない。

 こんな時でも、ラジワットは人に優しく出来る人物なんだと、幸はあらためて尊敬の念を抱くと共に、申し訳ない気持ちで一杯になった、そして、涙腺ももう、一杯である。


「ミユキ、今日はもう、疲れたろう、一度宿に戻って休もう」


 優しいな、ラジワットさんは。

 私はこんな時、どんな顔をしたら良いのだろう。

 

「私、今日はここに泊まります」


「いけないよミユキ、ここは病室だ、家族以外は泊まれないんだ」


「私、マリトちゃんのお姉さんです!、家族です」


 そう言う幸を、ラジワットはもう堪らず抱きしめてしまった。

 なんて思いやりのある少女なんだろう。

 なんて尊い考え方をするのだろう。


「わかった、、では、今日はここで、私と三人で泊まろう、マリト、それでいいかい?」


 マリトは、それがとても嬉しかったのか、秘術が失敗した直後だと言うのに、心の底から嬉しさを表情に現していた。

 幸には、それが健気に見えて仕方が無かった。

 

 ラジワットは、他のメンバーに、今日は宿に戻らない事を伝えるため、一度病室を後にした。

 二人になった幸とマリト。

 それまで、ただ可愛いと鼻息を荒くしていた幸も、二人きりになると、なんだか急に緊張してきた。

 何か、話さなければ。


「ねえ、マリトちゃん、君は今、いくつなの?」


「はい、今年で11歳になりました」


 幸はそれを聞いて、意外だと思った。

 どう見ても、4~5歳くらいにしか見えないからだ。

 どうりてしっかりしている訳だ。

 11歳と言えば、自分と3つしか離れていない。

 んー、、、3歳、、、。


 ムギューっと抱き締めたり、可愛いと思ったり、、、、あれ?、意外と年齢、私と近いじゃない!

 

 そう思うと、これまでの行為が、急に恥ずかしくなってきた。

 それでも、マリトの姿を見ると、幸の胸は締め付けれた。

 なんなら、もうこのままの姿でもいいとさえ思えてくるが、この呪いを解かなければ、マリトはもうすぐ死んでしまうのだ。

 それだけは嫌だ。

 年齢が近くたって、私がマリトちゃんのお姉さんであることには変わりないわ。

 そう思った、、、いや、お姉ちゃんではないのであるが、、、。


 そんな時、ラジワットが戻って来た。


「みんな心配してくれていたが、全ては明日だ、この病室に、大勢で入る事は出来ないからな、、、、ミユキ、済まないが、この部屋にはベッドが一つだけしかないんだ、マリトは病人だからベッドを譲る事は出来ない、、、マリトと一緒に寝てもらってもいいか?」


 それを聞いた幸は、再び鼻を確認した、、、、、鼻血は出ていなかった。


「解りました、大丈夫です、マリトちゃん可愛いですし、私、お姉ちゃんですから」


 と、冷静に言いつつ、幸はもう笑いを堪えるので精一杯だった。

 正直、心の底から嬉しかった。

 マリトちゃんと、一緒に寝れる、これは何の御褒美なんだろう、と。

 でも、ラジワットを床で寝させる訳には行かない。


「ねえラジワットさん、、、ラジワットさんも、一緒に寝ませんか?」


 最初は、幸なりの気遣いのつもりで言ったのだが、、、、なんとなく少し間を置くと、、、誘っているみたいに聞こえてはいないだろうか?と。


 誘う女、幸!


 違う違う!、そうじゃない!

 ああ、もう、私は相変わらず変な事を言うな、と、自身を反省した。

 それでもラジワットは「狭いが、いいのか?」と、案外乗り気。

 

 幸は少し照れながら「はい」と小さく返事をすると、大きくて逞しいラジワットと、小さくて華奢なマリトに挟まれてベッドに入った。


 いや、違う違う、これも違うわ!


「もう、マリトちゃんが真ん中、落っこちちゃうでしょ!」


 そういう幸を、愛おしそうに見つめるラジワット。

 なんだかもう、本当にお姉さんのようだ、とラジワットは嬉しく思う。


 こうしてマリトを挟んで一つのベッドで寝ている3人。

 ウトウトと眠りに入りかけた時、真ん中に寝ているマリトが、少し震えながら泣いているのに気付いた。

 、、、ああ、マリトは11歳と言えども、きっと毎日寂しかったのだろう。

 無理もない、こんな暗い部屋で、毎日ラジワットの帰りを待つだけの生活、自分なら耐えられない。

 彼の命の灯は、今にも消えそうなのだから、、、場合によっては、ラジワットさんは間に合わなかったかもしれないのだから。

 幸は、背中を向けて寝るマリトを、そっと抱き寄せた。

 「もう、大丈夫よ」と言いながら、幸は何度もマリトの頭を撫でた。

 マリトは、寝返りをして、幸の方を向いた。

 そして、再びギュっと抱き締めると、マリトの涙で、胸の辺りが濡れるのが解った。

 こんな些細な事の一つ一つが、幸の胸を締め付けて行く。


 そして、幸とマリトも、ゆっくりと眠りに就くのである。



 幸は、その時、何かが走るような感覚を覚えた、、、それは、小さな稲妻が走るように、ピリッとした、何かが。


 それを、無意識のうちに、手で掴もうとしていた。

 あれは、何だったんだろう。

 

 そんな不思議な夢を見ながら、幸は深い眠りに就くのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る