第78話 徒手格闘戦

 盛大な宴の翌日、村中が二日酔いと言わんばかりに空気がゆっくり動いていた。

 動きがゆっくりなのは空気や時間ばかりではない、ラジワットとゼノン以外の人間の動きも、極めてゆっくりなものと言えた。

 幸は、さすがに今日は何もない日だと思って、大分ゆっくり起きて来た。

 それでも、同部屋のサナリアやキャサリンよりは早く起きて。

 洗面を済ませ、窓を開けた時の事だ。

 そこには、上半身裸のラジワットとゼノンが向かい合い、ファイティングポーズで対峙しているではないか。

 お互い武器は持っていない。


 一体、何が起こったと言うのか。


「ラジワットさん!、どうしたんですか?!」


「おお、フェアリータ、おはよう、大丈夫だから、そこで見ていなさい」


 ラジワットが落ち着いてそう言った。

 幸は、ラジワットがそう言うのなら、きっと何か考えがあるのだろうと静観することとした。


 二人から感じ取れる、殺気にも似た気迫、、、これは一体、何だろう。

 幸がそう思っていると、先に動いたのはラジワットであった。


 瞬時に間合いを詰め、ゼノンの大きな身体に「突き」を二発入れる、ゼノンのぶ厚い胸板はビクともしない。

 続けてラジワットがゼノンの太もも付近に「蹴り」を入れた後、そのまま蹴った足をゼノンの顔面目がけて「回し蹴り」へ転じた。

 素人の幸が見ても、ラジワットの格闘術は、とてもハイレベルであることが理解出来る。

 ゼノンの表情には、薄っすらと笑みが漏れる。

 その笑みに幸が気付いた次の瞬間、ゼノンの猛反撃が始まった。

 ゼノンは利き足とは逆の左足で、大振りの回し蹴りをラジワットの頭部へ向けると、直後に今度は利き足で鋭い「前蹴り」をラジワットの鳩尾付近に打ってきた。

 ラジワットは、前回の戦い以降、ゼノンの前蹴りを警戒していたらしく、その前蹴りが入る前に、少し身体を後方へ下げて躱した。


 二本の腕を、顔の前でクロスさせ、身を低く構えるラジワット。

 こんな戦い方をするラジワットを、幸は見たことがない。

 それでも、どうしてか、この二人の戦い方が幸には少し馴染みがあるように感じられた。


 それとは逆に、戦いの気迫に気付いたマッシュとワイアットの二人も、窓を開けて二人の戦いを見守っていた。


「おいおい、なんだこれ、見た事もない戦い方だ、何で二人は、武器を持たずに戦えるんだ?」


 マッシュのその一言を聞いて、ようやく幸は理解が出来た。

 この二人が行っている格闘技は、この世界のものではない、というより、この国の、と言った方が良いだろう。

 

 そう、この格闘技は「空手」と呼ばれる日本の武術だ。

 だから、幸の目には特別な格闘技には見えていなかった、ただ、二人の身体の大きさが、その迫力を倍増させてはいたが。


 激しい攻防が続くが、二人は同じルールに基づいて、練習試合をしているようだった。

 そうか、ラジワットは以前、日本の武道場で学んでいたと聞く、きっとそこで空手を習った事があるのだろう。

 そして、やはりゼノンも、この世界の日本からやって来た人物という事になる。


 上半身から湯気が出るほどの激しい試合、やがてその戦いを見に、人が集まって来る。


 気付けば、二人を囲むようにギャラリーが生まれ、徐々に声援や応援の声が挙がった。

 審判もいないこと試合、これではどちらかが倒れるまで行われるのだろうか?

 そう思っていると、動きは突然止まり、二人は近寄ると、固い握手をして試合は終了した。

 

 終了した事が周囲に伝わると、見物していた村人が一斉に歓声が挙げると、二人に近寄った。


「凄いですねラジワットさん、それとゼンガさん、これは一体、何と言う術ですか?」

「凄げえなラジワット、こんな戦い初めて見たぜ、、、で、これは一体なんだ?」


 マッシュとワイアットも駆けつけ、二人に質問する。

 すると、ラジワットは笑ながら「これは、東の果ての国の武術「空手」だ」と言った。


 カラテ、、、?、初めて聞くその武術に、一同は不思議そうな表情を浮かべるものの、男連中はもう興味深々だった。

 そんなやり取りを、微笑みながら見ているゼノン、彼にもまた、村人からの質問が押し寄せていたのである。

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