第74話 ゼノンの肩

 次の日、朝食を採ったあと、昨日の約束通りゼノンの住む洞窟まで、全員で向かった。

 今日、ラジワットが言っていた「幸が巫女である証拠」を目の当たりに出来る。

 、、、、自分は、本当にゼノンの肩を叩くだけで大丈夫なのだろうか。

 何か呪文のようなものとか、魔法陣のような物を書くとか、、、。


 幸は未だ不安であった。

 昨日の事、未来の事、キャサリンとの秘密の共有、そしてなにより、自分に巫女としての素地が、本当にあるのか、、、、。

 昨日も長いと思っていた往路が、今日は更に長く感じる。

 早くゼノンの肩を叩いて、不安を払拭したい、今の幸には、それだけであった。


 そんな幸の緊張故に、実はサナリアの様子が少しおかしいと言うことに、幸は気付いていなかった。

 いや、むしろ、サナリアが、というより、4人組パーティが、と言うべきであろう。

 キャサリンとマッシュも、なんだか口数が少ないし、サナリアに至っては、今日まだマッシュと一度も目を合わせていない。

 ラジワットに至っては、、、、相変わらず無口な男である、なので変化なし。

 

 もちろんこの空気には、理由がある。

 それは昨晩のことであった。


 キャサリンがタバコを吸いに下へ降りて行って暫くすると、風呂から上がったサナリアが部屋に戻ってきた。

 しかし、サナリアは大好きな風呂上がりだと言うのに、とても深刻な表情であった。

 幸が話しかけても、機械のように簡単に回答するだけで、気持ちがここに無いように思えた。

 いつも快活で、気のいいお姉さんな印象のサナリアが、これほど静かなのも珍しいが、この日の夜に限っては、幸も誰かと話をする気分ではなかった。

 ましてや、ラジワットとの恋バナなんて、とてもする気になれなかった。

 未来で起こる絶望的な災厄、もう誰かに話してしまいたい。

 それを押し殺すために、幸は毛布を被って寝てしまおうと思った。

 その日は風呂に入らず、幸はそのまま眠ってしまった、、、不安を抱えたまま。


 そんな事情もあり、幸はその場の空気に気付く事は無かった。

 ただ一人、ラジワットだけは、その異変に気付いていたのである。

 しかし、今日はゼノンの治療がメイン、彼の今後も考えてあげなくては、と思いを巡らせていた。


 そうこうしている内に、一同はゼノンの住む洞穴に到着した。


「おーい、ゼノン!、約束通り、治療に来たぞー」


 ラジワットがそう叫ぶと、穴の中からゆっくりとゼノンが出てきた。

 やはり、解ってはいても、この大きさは不気味だ。

 

「ゼノン、それではこれより、巫女の秘術を行う、ただし、これには当然リスクも伴う、君が巨大化したことで、寿命自体が延びている、しかし、巫女の秘術は身長を戻す作用がある代わりに、寿命もある程度戻してしまう、、、つまり、そう言う事だ、それで、良いな」


 最後に「良いか?」と聞かず「良いな」と聞いたのは、ラジワットらしい思いやりである。

 ゼノンからすれば、この巨人化現象は病と言うより呪いに近い、それ故、寿命が短くなったとしても、この呪縛から解かれるのであれば、ゼノンは同意しないはずがない、という事を指している。

 ゼノンもそれが解ったらしく、笑顔で「もちろん」とだけ答えた。


 ゼノンが幸に背中を向けて、小さくしゃがみ込む。

 それでもゼノンの背中は高い位置にあり、恥ずかしかったが、久しぶりにラジワットは幸を肩車した。

 こんな姿、二人きりであれば嬉しいところではあるが、4人に見られるのは少し恥ずかしいと思った。

 しかし、今は肩たたきに集中しなければ。


 そして、ラジワットの肩車は、幸の視界に、丁度良い高さでゼノンの肩部を捕らえる事が出来た。

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