第66話 この優しい笑顔は

 幸は、村の入り口付近で、ユキちゃんにしがみついて、ずっとグズっていた。


 どうしよう、ラジワットさんに会わす顔がない。

 

 幸は、これまでラジワットがしてくれた数々を思い出していた。

 東京で助けてくれた時

 たくさんの美味しいご馳走を食べさせてくれた時

 冬山で遭難しかけた時、暖めてくれた時。

 ランカース村で、一軒家を借りてくれた時

 言葉や武術を教えてくれた時

 リチータ祭で、一緒に踊ってくれた時。

 山賊に襲われても、優しかった時

 

 思い出せば、どれもキラキラとした美しい思いでばかり。

 どんな時も、ラジワットは優しく隣に居てくれた。

 なんだか、それが当たり前のようになっていた。

 ラジワットが隣にいることの幸せが、当たり前のようになっていた。

 

 だから、それを失う事の怖さが、眼前に広がっている。


 どんなに考えても、解決方法は見えてこない。

 巫女としての価値がなければ、自分はラジワットに捨てられてしまう、きっとそうに違いない。

 そう思うと、幸が自身が不甲斐なく思え、再び泪が出てくるのである。


 遠くから、サナリアがこちらに近付いてくるのが解った。

 サナリアは一人でこちらに向かってくる。


「フェアリータちゃん!、どうして逃げ出したりしたの?、おかしいよ」


 サナリアの顔を見たら、再び切なさがこみ上げて来て、体が勝手にサナリアに抱きついてしまった。


「ごめんなさい、、、だって、私、、、ラジワットさんに捨てられちゃう、私なんて、いらないって」


 そう言い終わると、まるで幼子のように泣き出す幸

 サナリアは幸の事を、妹が出来たように感じていた。

 だから、そんな幸を見ていて本当に切なくなってしまう。

 サナリアは、もしラジワットが幸を手放す事があれば、自分が引き取っても良いとさえ考えていたが、問題はそこではないと言うことも十分に理解できていた。

 この歳の差を考えれば、フェアリータは自分たちと旅をした方が、傷つかずに済む、そう考えてもいた。


「ねえ、、、、もし、あなたさえ良ければ、私たちと一緒に来ても、いいのよ」


 暖かい言葉だった。

 それは、サナリアにとって、最大の提案と言えた。

 幸もそれは、十分に解ってはいた。

 しかし、それは同時に、ラジワットとの別れを意味している。

 そう思うと、再び泪はあふれ出し、サナリアの上着を濡らすのである。


「サナリア、君の申し出は有り難いが、フェアリータは私と共に旅をする、大丈夫だ」


 幸は、あまりにも大泣きしていたため、ラジワットを含む全員が、すでに村に来ていたことに気付かないでいた。

 4人は、幸がきっと気を使うだろうと考え、サナリアが先行して様子を見てくれていたのである。

 こうなると、男性陣は何の役にも立たない。


「ミユキ、どうして逃げ出したりしたんだい?、何も怖い事なんてないんだぞ」


 幸は、目を真っ赤にしながらラジワットの方を向いた。

 ラジワットの優しさが、今日に限って辛かった。

 この優しい笑顔は、もう幸に向けられる事は無いと思うと、もう押しつぶされそうになってしまう。


「ラジワットさん、私、、巫女じゃないんです、、、」


 ついに言ってしまった。


 幸の中で、ラジワットとの幸福な時間が、まるで音を立てて崩れて行くように感じられた。


 さようなら、ラジワットさん、そして、私の幸福な日々。

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