第59話 マッシュ、走る

 いよいよ巨人討伐の朝がやってきた。

 結局、ラジワットが折れる形で、女性陣の同行は認められたものの、極めて後方からの支援のみで、万が一の事があれば、必ず村まで逃げることが条件となった。

 

 心なしか、サナリアの目は少し赤く腫れていた。

 複雑な感情が入り交じり、彼女は一人泣き明かしたようだった。

 

 幸は、こんな時、戦いに全く参加出来ない自分が、少し腹立たしかった。 

 一応剣術をラジワットから教授されてはいるものの、まだまだ実戦で使用出来るレベルではない。

 髪を切る時ですら、自分では剣が重すぎて上手く切れず、ラジワットに切ってもらったほどだ。

 剣で髪を切るなんて、幸も流石に初めてのことで、少し怖いと感じた。

 冷たい金属の感触を、首筋に当てられるのは、大丈夫だと解っていても怖い。

 幸はその剣で、人が実際に切られる所を何度か見ている、それ故に。


 このとき、幸は強い剣士になりたいと、少し思うようになっていた。

 その恐ろしさは、少なくとも誰かを守る事が出来るから人に恐怖を与える事が出来る。

 自分の木剣は、一切の恐怖を発しない、裏を返せば、それは何も守る事が出来ない事を指す。

 だから、強くなりたいと思った。

 少なくとも、ラジワットの足手まといにならない程度には。


 村から3時間は歩いただろうか、小高い丘がある岩場に、洞穴が一つある。

 どうやらそこが、巨人の住まう場所らしい。

 ラジワットは、そこから500m以上離れた岩陰を示すと、女性陣をその位置で待機させた。

 サナリアは、ここでは離れすぎている、と苦言を呈したが、同行の条件が距離をおく事、という約束もあって、これは却下された。


 男達は、ラジワットを先頭に、マッシュ、ワイアットと剣を抜いて続いた。

 この時、ワイアットは長槍を装備し、後衛についていた。

 洞窟の入り口に来ると、3人は左右に展開し、中の様子を伺う。

 

「気配が感じられないな、本当にここか?」


 マッシュがそう言うと、ラジワットが口に人差し指をあてて「シッ」と会話を制した。

 ラジワットは小声で「中の巨人が言語を理解出来た場合、こちらの企図がバレる、会話はハンドシグナルで行うよう指示した。


 ラジワットは、この洞窟から巨人の臭いがしないことに気付くと、他の二人に後退するよう指示を出した。


「一旦下がるぞ、多分、中には居ない」


「どうして解るんだ?、まだ中に入ってすらいないんだぞ」


「臭いだ、野生化した巨人は、かなりの臭いを発する」


 ワイアットが「まるで、前にも巨人を刈った事があるみたいだな」と言うと、ラジワットは少しだけ笑った。

 マッシュとワイアットは、それを見て、なんだか余計にラジワットに対し恐怖心を持った、なぜなら、この世界においても、巨人はそれだけ珍しい生き物だからだ。


 そんな時、急にラジワットが再び人差し指を口に当てて、会話を封じた。

 

 何か、、、来る。


 しかし、それは洞窟の中からではない。

 ラジワットは、嫌な予感を感じていた。


 ズーーーン  ズーーーン  ズーーーン


 何か、ゆっくりと、そして大きな質量を持った何かが近付いてくる。

 この状況であれば、一番にそれを疑うべきであろう


 それ、、、つまり巨人を。



「ラジワット!、あれを!」


 マッシュが後方を振り向くと、そこにはゆっくり近付く巨人の姿があった。


 まるで、スローモーションを見ているように、ゆっくりに見えるが、それはお互いのサイズ感が異なるせいだとはまだ感じられない距離だ。


 やはり、この時間帯は、刈りに出ていたようだ。

 右手には鈍器のような棒が、左手には大型の動物が握られている。

 遠近法の関係か、と目を疑うような大きさ、、、、これは巨人の中でも大きい部類に入る。


 そして、剣士3人が一番肝を冷やしたのは、その巨人が迫ってくる方向だった、、、、。


「おい、あそこって、女達が隠れている場所じゃないか?」


 ワイアットですら、行動に迷いが生じたが、飛び出したのはマッシュの方だった。


「まてマッシュ、このまま行っても彼女達を助ける事は出来ない!洞窟なら戦い方があるが、平原で戦っては駄目だ!」


 そんなラジワットの言葉を振り切るように、マッシュは全力で駆け出していた。

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