第57話 私も死にます!

「ラジワット、私は男だけで討伐に行く事には反対だわ、巨人から受けたダメージは、一体誰が直すの?、私達はパーティよ、危険に応じてメンバーを入れ替えるなんて、私のプライドが許さないわ」


「、、、サナリア、君の気高さは本当に尊ぶべきものだという事は解る、しかし、私の旅の目的は、巫女を健康体の状態でロンデンベイルの療養所まで届けることなんだ、フェアリータの身に何かあれば、私は危険を冒してここまで来た意味が無くなる。万が一の事があっても、君たちだけでロンデンベイルへ行けるよう、通行証は君に預けておく、私達が帰らなければ、それを使いなさい」


 口調は優しいが、内容はまったく優しくないものだ。

 サナリアは、思わず目に涙を一杯に溜めながら、それを悟られまいと必死に繕った。

 幸には、そんな気高さが、どうしてか心に響いてならなかった。

 思わず自分まで泣きそうになっていた。

 それは、他ならぬラジワットでさえ、戻らないかもしれない、という覚悟を決めていたことだった。 

 

 嫌だ、ラジワットを失いたくない!


 そう思うと、サナリアと同様に、瞳一杯の涙を悟られまいとする幸、なんだかキャサリンまでそんな雰囲気に連れている。


 一同は、とりあえず明日の討伐準備のために、その日は費やそう、という話になり、それぞれの部屋へと戻って行った。

 女性陣も、なんだかまるでお通夜だ。

 部屋に帰ると、最初に幸が堰を切ったように泣き出してしまった。

 

「嫌です!、ラジワットさんが帰って来ないなら、、、、私、何でこの世界に来たのか、解らなくなってしまいます、ラジワットさんが死んだら、私も死にます!」


 その一言を聞いたサナリアが、幸を厳しく諭すようにしながら、結局自分も泣き出してしまった。

 何ら覆い隠すこともせず、真っすぐに自分の好きを言い放った幸の事が、自分に重なり、サナリアは激しく動揺した。

 この少女の、痛いほどの恋心、それは彼女にも良く解る事だ、何故ならサナリアにとっても、マッシュは初恋そのものなのだから。

 

「私だって、あいつが死んだら、この旅の意味なんて無いわ、フェアリータ、貴方の気持ちは良く解るわ、男たちは、どうして勝手に決めるんでしょう!」


 幸は泣きながら、もう吃逆が止まらなくなって、それはまるで幼子のような大泣きになってしまった。


「私、嘘をついていました!、好きな人、、、います!、、、ラジワットさんの事、私、好きです、大好きです!、だから死んじゃヤダ!」


 パニックを起こした幸は、本来恥ずかしいような事を勢いで叫んでしまった。

 ラジワットを失う、そんな事を想定したことが無かった。

 この世界は、ラジワットが居れば、全てが幸福と温かさに包まれたものとばかりに思っていた。

 それ故に、幸はこの世の全てが消えてしまうような強い恐怖感に襲われていた。

 恐怖、、、それは、世界が崩壊するかもしれない怖さとは違う、好きな人が死んでしまうかもしれないという恐怖だ。

 ただ、幸にとっては、これが初恋であるため、自身でその感情のコントロールが出来なくなっていたのだ。


「私、ラジワットさんの所に行ってきます、、、、」


 泣きながら、幸はラジワットの元に走って行った。


「ちょっと、フェアリータちゃん!」


 追いかけようとしたサナリアを、キャサリンが引き留めた。

 キャサリンもまた、この状況を打開する切っ掛けを幸が作ってくれることを期待していたのだ。


 コン・コン・コン


 ノックをするが、誰も入って来ない。

 ラジワットは、自室の扉を開けると、そこには泣きじゃくった幸が一人立っていた。


「ラジワットさん、、、死んじゃ、、、やだ!」


 幸はラジワットに飛び付き、再び声を殺して大泣きした。

 いつも、どんな危機に直面したって他人事のように冷めていた幸が、こんなにも自分のために泣いてくれている。

 ラジワットは、幸に対して不思議な感情を抱いていた。

 しかしその正体は、物知りなラジワットであっても、初めての感情と言え、理解の外側にあった。

 とにかく、この泣いている女子を泣き止ませるためには、何が必要なんだろうと。

 

「大丈夫だよミユキ、私は誰にも負けないから、知っているだろ」


「、、、だって、、巨人って、とても強いんでしょ、、、私、ラジワットさんが死んじゃったら、、、もう、、、、」


 そう言うと、ラジワットの上着に顔を埋めて、再び子供のように泣き出す幸。

 これには流石のラジワットも困り果ててしまった。

そこへ、幸の後を追いかけてきたサナリアとキャサリンが追い付いた。


「ラジワット、、危険は承知でお願いするわ。行くな、とは言わない、騎士道精神に基づいてのことであれば、私達には止められないわ、でもね、私達も付いて行く、女は飾りじゃないのよ!、同じ仲間じゃない、それにフェアリータが可愛そうよ」


 こうなると、ラジワットも返す言葉がみつからない。

 そこへ騒ぎを聞きつけたマッシュとワイアットがやって来た。


「サナリア、、、気持ちは解るが、正直足手まといだ、、、ここは引いてくれ」


 マッシュは、彼なりに、サナリア達を思っての言葉であったが、サナリアにはそう聞こえなかった。

 

「足手まといですって!、まったく、いい気にならないで!、あんた、幼い頃は剣術で私に負けた事だってあるじゃない」


 売り言葉に買い言葉、マッシュもその一言には激昂した。


「お前、一体どれだけ前の話をしているんだ!、そんな屁理屈、ここで通用するか!、相手は巨人なんだぞ、お前の剣が、何の役に立つってんだ!」


 もはや、間に入る事が出来ないほどの大喧嘩となって行く。


 幸は、そのあまりの言い合いに、思わず泣いていたことすら忘れ、吃逆もすっかり止まってしまった。

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