第54話 一人の女性として
「昨日は、、、失礼した」
朝食を採るのに部屋から降りてきたマッシュは、昨日までの勢いをすっかり弱めて、開口一番にラジワットへ詫びを入れた。
「かまいませんよ、気にしていませんから」
ラジワットは、大人の余裕でそう答えると、幸を含めた女性陣は「おー!」と小さく声を挙げた。
なぜ幸が、サナリアとキャサリンと一緒にいたのかと言えば、それは昨晩のことであった。
幸がいつものようにラジワットと二人で部屋に入った後すぐ、部屋をノックする音が聞こえた。
幸が「はーい」と言ってドアをあけると、そこにはサナリアとキャサリンが立っていた。
「あの、ラジワットさん、もしご迷惑でなければ、フェアリータちゃん、私たちの部屋で一緒に寝かせてもよろしいでしょうか?」
幸は一瞬、なんで自分が、と思っていたが、それは次第に理解が進み、やがて彼女たちが何に気を使ってくれたのかが解ると、今度は少し恥ずかしくなった。
彼女達は、幸を一人の女性として扱ってくれたのだ。
考えてもみれば、あちらのパーティは年頃の男女、その辺のマナーはしっかりしている。
かたや、ラジワットと幸の関係は、この二人からすればその距離感を掴みかねていた。
しかしサナリアは、年齢が離れていても、やはり男女が同じ部屋で寝るのはフェアリータが可哀想だ、と言い一緒に寝ることを申し出てくれたのだ。
ラジワットは、そんな二人の気配りに心から感謝して、何度もお礼を言うと、幸を頼みます、と言って送り出した。
正直、幸としては、大好きなラジワットと同じ部屋で寝ることは、何の抵抗も無かったのだが、やはり、同じ旅路に女性が居てくれる事がこれほど頼もしいものか、と嬉しくなった。
幸は、そんなラジワットとの宿泊に後ろ髪を引かれつつ、その日からサナリアとキャサリンの部屋に厄介になることにした。
幸は、部屋に入ると、自分の就寝スペースを教えてもらい、ご丁寧に一人分のベッドを提供してもらった。
これで今日はゆっくり寝られる、と思った矢先、サナリアが寝間着に着替えると、幸のベッドにもぐり込み、目をキラキラとさせて幸に話を切り出した。
「ねえ、あのラジワットさんってさ、カッコいいよね、フェアリータちゃんは、結局のところ、ラジワットさんの事、どう思っているの?」
そんな身も蓋もないド直球な話を振られて、動揺する幸、そして、ワインとグラスを片手に、それはもう楽しそうに寄ってくるキャサリン。
ああ、これは完全に酒の肴にされたな、と思いつつ、女子同士の恋バナなんて、ランカース村以来だな、と、なんだか修学旅行のようで楽しいと感じていた。
もちろん、幸は自分の本当の気持ちを語らなかった。
しかし、あのモテ男、ラジワットは、周囲の女性を、まるで恒星の引力のように引きつけ、虜にしてしまうようだった。
「あら、あなた、ラジワットさんに男としての魅力を感じていないのなら、私が奪ってもいいかしら」
キャサリンが、それはもう嬉しそうに話す、ワイン片手に。
幸は、真っ赤になって、下を向くしか無かった。
これほど快活で大人の魅力に溢れたキャサリンになら、さすがのラジワットも悩殺されてしまうのではないか、と。
もちろんキャサリンは、そんな幸の恋心を解った上での冷やかしであるのだが、ラジワットが男前であることは、キャサリンにとっても、同じ事だった。
それは、サナリアにとっても。
「本当にラジワットさんは、大人の魅力っての?、感じるわー、あのボンクラとは大違い!」
幸としては、ラジワットの事を誉めてくれるのは本当に嬉しいことではあったが、この二人が本気でラジワットを好きになったらどうしよう、と心配が募った。
「もう、ボンクラなんて言うもんじゃないわよ、あなたの婚約者でしょ」
、、、ん?、、、んんっ?、、今、婚約者って、、、サナリアさんの?、え?、どっちが?
幸は少し焦った、いや、むしろこれは高鳴りであろうか、このパーティには、婚約者と旅をしている二人がいるの?
「あの、サナリアさんの婚約者って、ワイアットさん?、ですか?」
すると二人は笑い出した。
「そうね、、(笑)、ワイアットの方ならこんなに心配はないんだけど」
あ、と言うことは、、、マッシュさんの方なんだ、、、、だからあんな風にひっぱたいて。
それは、幸にとって生々しいカップルの、それだった。
信頼しあっているからこそ、そう言う事ができる。
案外、この二人って、お似合いなんじゃないか、と。
しかし、婚約者とは言え、それは当人同士が望んだ結婚なのだろうか?、もしや、サナリアは本気でラジワットに心移りしてしまわないだろうか。
幸は、一人でそんな心配を抱え込んでいた。
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