第53話 凄く驚いた表情

「本題から入る、あんた達、俺たちもロンデンベイルの療養所を目指していることに気付いているんだろ」


 食事会が宴会の席に変わり、談笑している時に、突然リーダーのマッシュが、思い立ったように切り出してきた。

 相変わらず表情を変えないラジワット、その中間で一人慌てる幸。


「、、、、そうだね、君の言うとおり、そちらのパーティがロンデンベイルを目指している事はすぐに理解出来た、、、で?、どうなさる?」


 おかしな沈黙が続いた。

 幸は、ラジワットが言わんとしている事が、いまいち飲み込めないでいた。

 要するに、ラジワットはマッシュに、何を問うたのか。


「俺たちも、あんた達を傷つけるつもりはねえんだ、だがな、ラジワットさん、あんたが持っているものを、黙ってこちらに渡すか、若しくは、、、」


 マッシュは、酒に酔っているのか、既に酒場で絡んでくるチンピラのようになっていた。

 それを制するワイアットとサナリア、相変わらず慌てる幸、静観を決め込むキャサリン。

 そして、ラジワットが動く。


「それは、私から、力付くでも通行証を奪う気がある、と言うことかな?ならばやってみせよ、貴君もドットスの騎士ならば、正面から挑んでくれば良い」


 その一言を聞いたマッシュは、虚ろだった目を険しく変化させ、激昂した。


「それは、決闘の申し込みと解釈して良いのか?、あんた、後悔することになるぜ」


 マッシュが吐き捨てるようにそう言った次の瞬間、マッシュの頬を思いっきりひっぱたいた人物がいた、、、、サナリアだった。


「いい加減にしなさい、この酔っぱらいが!、あんた何様?、ラジワットさんに謝りなさい!」


 マッシュは、サナリアにひっぱたかれてから、しばらくサナリアの事を見つめていた、、、お互いの目には、少し泪で潤んでいるようにも見えた。


 マッシュは、すっかり意気消沈してしまった。


 幸は、サナリアにひっぱたかれて、しょんぼりするレベルの男性では、ラジワットさんの相手にならなかったろうな、と感じた。


「ラジワット殿、連れが、大変なご無礼を、、、どうかこの件は聞かなかった事にしていただけませんか」


 間に入ってきたのは、ワイアットだった。

 彼は本当に、見た目に比して社会性があると感じる。

 そんなワイアットを見て、ラジワットは少し笑うと、ワイアットにこう言った「君も、お守りで大変だな、ロームボルド君」と。


 幸は、ラジワットが彼の事をロームボルド君と言った意味が解らなかった。

 彼の名はワイアットではないのか?、と。

 しかし、その一言を聞いたワイアットは、驚きの表情を見せていた。

 恐らくそれは、ワイアットにとって決定的な一言であったのだろう。


「さ、もう一度飲み直そう、これから旅を共にする者同士、まずは交流を深めよう」


 ラジワットが珍しくその場を仕切る。

 静観を決め込んでいたキャサリンが、少し嬉しそうに笑った。

 幸は、なんとなくラジワットが、ようやく心の底から笑ってくれたように感じた。 

 もちろんその理由は解らないままであったが。


 なんんとなく気まずい雰囲気の中、宴会は進み、ラジワットがいつもの調子を取り戻した事だけが、幸には嬉しかった。

 そして、さっきラジワットが言った「これから旅を共にする者」というのも、幸にとっては嬉しい誤算だった。

 サナリアとキャサリンが旅に加わる、女性の同行者が出来る、これは嬉しい。

 もちろん、ラジワットとの二人旅は心の底から楽しいし、自分を大切に扱ってくれるラジワットと一緒にいる時間は宝物のように感じていた。

 しかし、、、女性には女性にしか相談出来ないことも多かった。

 ランカース村にいた頃は、基本的な事はアシェーラやその母親、友人に色々聞く事が出来た。

 しかし、旅がこうも予想していないほどに厳しい行程を辿ると、聞きたくても聞けない事が増えてくる、そんな時の、女性メンバーの登場である、それはもう頼もしいものだった。


 一行は、宴会を、一応の乾杯をもって終了する事が出来た。

 もうマッシュも絡んではこない。

 最後に、サナリアがラジワットに駆け寄って「先ほどは失礼しました」と頭を下げた。

 ラジワットは「気にしていません、婚約者フィアンセをお大事に」とだけ付け加えた。

 すると、やはりサナリアも驚いた表情でラジワットを見たまま、しばらく硬直していた。

 そんなサナリアを見て、また笑うラジワット。


 ラジワットと幸は、今日は久々の同部屋のようだ。

 そんな部屋までの帰りに、幸はラジワットに問いただす。


「ねえ、ラジワットさん、さっきからワイアットさんやサナリアさんに、何を言っていたの?、二人とも、凄く驚いた表情をしていたわ」


 すると、ラジワットはまた笑いながら、優しく幸にこう話した。


「いや、王子様のお守りは、大変だろ、って、、ね」


 それを聞いても、幸にはラジワットが何のジョークを言っているのかが、解らないままだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る