第49話 タタリア山脈を越えて
翌朝、更に気温は低下していたが、二人と一匹が抱き合って寝たことで、何とか寒さを凌ぐことが出来た。
幸も標高に慣れたのか、昨晩に比べると、少しはマシになっていた。
「ミユキ、これ以上この標高で野宿をするのはもう限界だ、少し辛いと思うが、この先は山脈越えが終わるまで休みなしで強行突破する、いいね、頑張れるか?」
「はい、大丈夫です、ラジワットさんと一緒なら、きっと」
思わず、恥ずかしい事が口から出てしまったが、聳え立つ山の頂は、幸自身に言い聞かせるようにそう言わなければ、越えられないような気さえしていた。
山脈越えは、無理をしないよう、最初から幸はユキちゃんの背中に乗せてのスタートとなった。
「ゴメンねユキちゃん、もう少し、乗せてね」
ユキちゃんも、事情が解っての事か、小さく「クェ~」と一鳴きしてからは、黙々と山を上がってくれた。
それでも、天候には恵まれ、幸い雪雲はかかっていなかった。
あの、ランカース村手前でのホワイトアウトが頭を過る。
さすがに、今あれが来てしまえば、どうすることも出来ない。
二人と一匹は、とにかく頑張って歩いた。
幸は、再び寒さに凍えた。既に短く切られた幸の頭髪は、その寒さを余計に助長した。
ラジワットとユキちゃんは、上り坂を歩いているから、体温がかなり上がっているが、幸は動いていないため、ただただ低温を我慢するしかない。
それでも、ユキちゃんの体温が下から伝わり、楽している自分が弱音なんて吐いてはいけない、と思った。
いよいよ山脈の最頂部に上がる。
ここは、人も動物も住めない空間、鳥も飛んではいない。
スカイブルーを通り越し、もはや紺碧の空に、雪を被ったタタリア山脈の白さは、異様なコントラストと言えた。
幸は、この情景を生涯忘れる事は無いだろう。
こんな美しい色があったなんて。
こうして、あのタタリア山脈越えに成功した一同は、そのまま村のある場所まで止まることなく進み続け、村の入口に到着した時には、既に日没後のことであった。
さすがに小さな村であるため、宿屋もなく、この日は民家に交渉して宿泊させてもらう事とした。
一気に標高が下がったためか、幸の頭痛も解消され、体調が回復する。
あれ?、なんだか物凄くお腹減ったな。
幸は、この山脈越えで自分が意外と体力を消耗していることに気付いた。
という事は、ラジワットもユキちゃんも、相当疲れている事だろう。
親切な村の住人が、ラジワット達を迎えてくれた。
夜だと言うのに、村からは村長を始め、色んな人が集まって歓迎してくれる。
本当にラジワットは、何処へ行っても人気者なんだな、と改めて思う。
こうして、過酷なタタリア山脈越えは一先ず終わり、ようやく足を延ばして眠る事が出来る。
、、、いや、その前に、ご飯!、と幸は思う。
そんな幸を察したかのように、村人はもう夜も遅いと言うのに、なんやかんやとご馳走を運んで来てくれる。
暖炉の火と温かい食卓、やはり人の温もりとは有り難い、、、、昨日のラジワットさんに抱き締められて寝るのも、、、最高でしたが、、、今度は雪山ではないところで、その温もりを感じたい、と一瞬考えてしまった幸は、自身の頭の中で、その妄想を慌てて否定した。
さすがに、あれを今夜やったら、ふしだらだわ!、と幸。
それでも、苦痛から解放された後の幸福が、これほど沁みるのだという事は、旅を通じてしか解らない事だとしたら、自分は随分色々な経験をさせてもらったのだと、前向きに考えた。
こうして幸は、食べきれないほどの食事をとり、ゆっくりと眠りに就くのである。
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