第46話 男子のそれと

「ミユキ、ここから先はいよいよ本格的な山脈越えだ、体力的な部分は多分大丈夫だと思う」


 体力的な、、と、敢えてそれを言うという事は、言いにくい部分は別にあると言うことだろう。

 

 、、、、なので、余計に緊張する!。


「ミユキ、大変言いにくい事なんだが、、、、髪を切ってはもらえないだろうか」


 えっ?


 今、髪を切れと言った?


 何でまた、髪なんだろうと、幸は不思議に思った。

 少しくらいなら、別にいいのに、と。

 

 しかし、ラジワットが要求した髪の長さは、男子のそれと同等の長さだった。

 、、、だから、こんなに言いにくそうにしていたのだ。


「、、、男子と同じくらい、、ですか?」


「ああ、山脈を越えた地域は盗賊が出没する、女と見れば、奴らは容赦しない、真理子もそこで、、、」


 ああ、そう言うことなのか、この先には、平穏無事には通過できないデットゾーンが存在する。


 それでも、幸は男子ほどの長さに髪を切った事がなく、実はかなり動揺していた。

 そして、毅然と振る舞おうとしていた幸であったが、やはりそれほど髪を短く切る事に、胸が押しつぶされそうになっていた。


 幸の目から、大粒の涙が零れ出す。


「、、、、ミユキ、済まない、だが、私はもう大切なものを盗賊に奪われる事はしたくないんだ、、、切ってくれるね」


 ラジワットが、自分の事を「大切なもの」と言ってくれたことが、幸には嬉しくて仕方がなかった。

 実は、舞い上がってしまうほどに嬉しかったのだが、髪を切らなければならない悲しさと、嬉しさの感情がぐちゃぐちゃに混ざり、幸の涙は止まらなくなってしまった。


 焚き火を挟み、暫く沈黙の時が流れた。


 幸の泣き声が小さく響きわたる。

 ラジワットも、なんだかとっても辛そうに見える。

 でも、確かに今の幸なら、髪を切ってしまえば、男の子だと言っても盗賊は信じるだろう。

 その事実がまた、幸の涙腺を刺激する。

 

 、、、どうせ、私は男の子みたいですよ、ちっとも女らしくありませんよ!、凸凹も控えめですよ!!。


 これがアシェーラやセシルとの旅路なら、きっとこんな事は言わない。

 なんだか、負けた気がして仕方がなかった。

 だから、ほんの少しだけ、ラジワットを困らせてやろうと思ってしまったのだ。


「解りました、髪を切ります、、、、その代わり、私の髪の対価として、ラジワットさんは、私に何をしてくれるのですか?」


 自分でも、意地悪な質問だとは解っていた。

 しかし、このときの幸は、色々な事が重なり、不安定になっていた。

 だから、恩人であるラジワットに対してですら、ワガママの一つも言いたくなるのである。


 暫くの沈黙が続き、やがて幸は質問をした事を後悔し始めた。

 なぜなら、ラジワットは大抵のものは持っている、金でも宝石でも、帝国の権利でも、ラジワットは何でも持っている。


 だから、きっと髪の対価として、大きな宝石の一つでも渡すと申し出るかもしれない。


 しかし、幸が本当に欲しかったのは、ラジワットの愛である。


 それ故に、ラジワットの口から、何か金銭の話しが出てしまえば、幸の望むものから逆に遠のいてしまうのだから。

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