第45話 この疼き
昨晩は、結局ラジワットと火の番を交代したものの、焚き火を見ながらずっとラジワットの事を考えていた。
結局、奥様は盗賊に捕まり、どうなってしまったのだろう。
、、、、いや、考えるまでもない。
このラジワットが救出に向かわないという時点で、真理子はかなりの確率で、この世にはもういないのだろう。
辛い過去を背負ったラジワット。
そんな悲しみを、これまで一度たりとも幸に見せたことのない、完璧な大人であるラジワットの、何か弱い所を見てしまったような気がして、幸の心は疼いていた。
この疼きは、一体何だろう。
今度の感情は、恋のそれとはまた違うような気がする。
なんとなく、、、可哀想な、抱きしめてあげたくなるような、、そんな感情に似ている。
少なくとも、今ラジワットの側には、自分しかいない。
だから、ラジワットの望む事は、できるだけしてあげたい、と思うのである。
翌朝、幸は簡単な朝食の準備を済ませると、ラジワットを起こした。
そんな他愛のない日常であるが、幸はまだ就寝中のラジワットの顔を見て、再び心が疼いた。
ああ、この感情、多分あれだ、、、母性だ。
考えてみれば、ラジワットはいつも別々に起きていたし、朝稽古のため、幸よりも少し早く起きていたから、こうして寝顔を見るのは珍しい。
いつも狼のように鋭いラジワットが、これだけ油断した表情を自分だけには見せてしまう、そんな所に幸の母性が刺激されたのだと解釈した。
それにしても、こうしてラジワットの寝顔を見ていると、真理子の気持ちが解るような気がする。
きっと、14歳だったラジワットは、今と同じく一所懸命に強がって、しっかり者でいたことだろう。
そんなラジワットと寝食を共に一つ屋根の下で3年以上も生活していれば、彼女の母性なんてきっと疼きっぱなしだったに違いない。
未だ、自分が見たこともない、ラジワットの知らない顔、、、幸はそれに、とても惹かれた。
見てみたい、と。
こうして、二人と一匹の旅路は順調に進んだ。
毎日、他愛のない会話を楽しみながら、ゆっくりと、そして確実に目的地に近付きつつあった。
初めは野宿の回数も二日に一度程度であったが、やがて三日に一度、長い時は4日も野宿が続くようになっていた。
それでも、恐らくラジワットは幸の速度に合わせてゆっくりと進んでいるように感じた。
歩きっぱなしの旅路にあって、幸の足が限界を迎える前に、ラジワットは長めの休養を取らせることもあった。
最近は、村に着いた日などは、丸一日休養日を設け、のんびり過ごす日もある。
そんな時、幸は自分が東京に居た頃を思い出し、友人はどうしているか、学校は今、どんな行事をしているのか、など、現世との乖離に少しだけ不安を感じてしまうのである。
ラジワットは、そんな幸を励まそうと、日々気を使って食事に連れ出してくれたり、公衆浴場でゆっくりするなど、楽しませてくれた。
こうして、あれだけ遠くに見えていたタタリア山脈がいよいよ眼前に迫ってくると、その大きな山々に圧倒されるのである。
山脈越え前の最後の村を後にして、二日が過ぎた時だった。
ラジワットが、野宿の焚き火を前に、何かとても言いにくそうにしている事に幸は気付いた。
「どうしたんですか、ラジワットさん、何か、、、ありますか?」
ラジワットは、やはり何か言いにくそうにしている。
幸は少し怖くなった。
何だろう?、
あのラジワットが、幸に何か隠し事をしている?
「ラジワットさん、大丈夫ですから、話してください」
すると、ラジワットはようやく重い口を開くのだった。
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