旅の越境

第36話 春の旅立ち

 ラジワットと幸の旅は、二回目の徒歩の旅を迎えていた。

 あれほど雪深かった山脈も、今では道であれば雪を掻き分ける必要もなく、平地の行進とほとんど変わりないレベルだ。


 リチータ祭の二日後、幸とラジワットは、約三カ月を過ごした思い出の家を後にする。

 見送りに来たのは、今では親友となったアシェーラとその友人、とその友人、とその友人の男子、と、、、

 結局、まるでお祭りのような規模の見送りが二人を温かく送った。

 アシェーラは、幸を大泣きしながら見送り、幸もまた、目に涙を溜めての別れとなった。

 幸はここで泣くまいとしていたが、アシェーラとその友人たちがあまりにも大泣きするものだから、思わず連れてしまったのだ。

 旅の途中で立ち寄った程度のはずが、幸にとって忘れられない村となってしまった。

 

 そんな別れの後だけに、最初の旅路は少し静かなものとなった。

 今回は、吹雪もなく、積雪もないのだから。


 また、前回と異なるのは、旅の共に「ユキちゃん」が加わった事だ。

 ラジワットもユニホンの幼獣であるため、ほとんど期待していなかったが、このユニホンは意外とよく歩くタイプのようで、荷物を背負わせてもしっかりとした足取りで進む事が出来た。

 それでも、3カ月の内に何かと貯まっていった荷物を厳選し、旅の荷物は最低限にしてきた。

 幸の身体は、こちらに来た時よりも少し大きくなっていた。

 そのため、着慣れた学校の制服も、小さくなってあまり着なくなっていたため、ランカース村に残置してきた。

 あの幸福な家に、再び戻って来られるようにとの願いを込めて。



 あの、最初の山脈越えが嘘のように、旅は順調に進んだ。

 雪を被った山々を背に、晴れ渡った青空は何処までも澄み切っていて、まるで春スキーのポスターのようだと幸は思った。


 この旅にユキちゃんが居てくれた事は、今の幸にとって、とても重要な意味を持っていた。

 それは、あのリチータ祭の日以降、幸はラジワットとの距離感を掴みかねていたからだ。

 それまでは、理想の父親像であったから、なんとなくお父さんと接するようにすれば良い、という認識があったが、ラジワットのことを一人の男性と見るようになってからは、もう恥ずかしくて仕方がなかった。

 そんな時は、ユキちゃんに話しかけることで、このラジワットへの想いを悟られないようにすることが出来た、、、幸的には。

 二人きりの旅路では、きっと毎日茹で上がってしまう。

 

「ミユキ、あそこに見える一本木が見えるか?、あそこまで頑張れ、昼食休憩にしよう」


 ラジワットは、幸の歩幅に合わせたペース配分が上手だった。

 普通、これだけの体格差があれば、歩幅が大きく違うため、小さい方はとても付いて行くのが大変だが、この時幸は歩くことに何もストレスを感じることなく気持ちよく歩けた。

 

 一本木に到着すると、二人は鞄を置き、とても小さく食事の場所を確保した。

 

「ユキちゃんも、同じものが食べられたらいいのに」


「いや、ユニホンが草食のお陰で、私達は大分楽をさせてもらっているからな、助かるよ」


「ラジワットさん、基本的にサイって、草以外に何を食べるんですか?」


「いや、サイだから、草以外は食べないぞ」


 幸は、ユキちゃんが草だけでこんなに大きくなれる事が、少し羨ましいと感じた。

 自分たちは、運んできた食料で食い繋ぐしかないが、ユキちゃんにとって、この世界は食べ物だらけな訳だから、永遠に食べ物には困らない。

 自分は、東京に居た頃は、本当にひもじい思いをしていたから、自身の成長が少し遅い事を気にしていた。

 今までは、背が小さいことなど気にも留めていなかったが、こうしてラジワットと旅をしていると、親子ではなく、恋人のように並んで歩けたらどんなに素敵な事だろう、と淡い夢を抱くようになっていた。


 沢山食べて、沢山鍛えて、はやくラジワットに相応しい女性になりたい。


 幸はそんな、新しい目標を立てるに至ったのである。 

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