第34話 光の洪水

 リチータ祭りは、いよいよ本番の夜を迎えた。

 前回の祭りの時とは異なり、夕方だと言うのにどの家もランタンも焚火も始めない。

 それは、点灯式に向けた演出の一つで、あえて村全体を暗くしようとしているのである。


「ねえ、フェアリータはダンスするでしょ?、やっぱりラジワット様と踊るの?」


 へっ?、はい?、、、、ダンス?、、何それ?、初耳なんですけど

 幸は焦った。

 確かに考えてみれば、こういう文化圏のお祭りであれば、ダンスは出て来そうなものだが、ダンスなんてオクラホマ・ミキサーくらいしか知らない、、あれはダンスなのか?。


「どうしよう、私、ダンスなんて知らないわ」


 するとアシェーラは不思議そうな顔をして、こう答えた。


「知るもなにも、ダンスなんて決まりは無いんだから、好きにすればいいのよ」


 いや、この人、何言っているんだ、と幸は耳を疑った。

 そりゃ、ここの人達はそれでいいかもしれないが、日本の中学校では、ダンスを本番で踊る前には、何回も体育の時間に練習をするもの、と相場が決まっている。

 西洋の人たちって、ノリが凄いな、と幸は圧倒されつつ、これは困ったと思った。

 そんな時だった、暗がりから、女性の群に一人の男子が近付いてくる。

 男女の距離感という均衡を破り、勇気をもって一人だけ歩いてくる。

 しかも、その男子は、幸の方へ真っすぐ向かって来るではないか。


「フェアリータ・ミユキ・タチバナ、貴女にダンスを申し込みたい」


 紳士な仕草でマナー良くダンスを申し込んでくる男子、暗いから解らないが、なかなかのイケメンに見える。

 年齢は幸より少し年上くらいだろうか、これは、、、、困った!。

 周囲の女子から、小さく歓声が挙がる、祭りのテンションと薄暗さが手伝って、何ともいえないムードが漂う。

 幸にとっても、感じたことのない感覚、これは一体何だろうか?、さすがの幸も、一瞬で恋に落ちそうなほどに、ロマンチックなこの空気。

 それでも、幸は踊るならラジワットがいい、と思っていた。

 ラジワットなら、幸に恥をかかせぬよう、細心の注意を払ってエスコートしてくれる、それは明白だ。


「ミユキ、お受けしてはどうだい」


 後ろには、なんとラジワットがいた。

 それを見た女子たちは、さっきより大きく歓声を挙げた。

 そして、うっとりと見つめる女性陣、、、、もう、ラジワットさん、助けて!

 幸は、どうしてラジワットが別の男子とダンスすることを勧めたのかが解らなかった。

 そして、それは少し悲しいとさえ思った。

 心のどこかで、ラジワットは自分をダンスに誘ってくれるのではないか、という想いがあったからだ。

 今日のラジワットは、剣士の礼装を着用し、いつもより凛々しく見える。

 明るければ、きっと神々しいほどハンサムなんだろうな、と。


 そう思っていると、村人は急にカウントダウンを始める、なんだろう、なんだ、この変なテンション。

 それは、それまで微妙な距離感を保ってきた男女も何もなく、全員が一体となって、その声は大きくなる。


「5,4,3,2,1,、、、、」


 ドーンと言う号砲と共に辺りが突然眩く輝き出す。

 村人は、大きな歓声を挙げ、突然音楽が鳴り出すと、それはもう男女どころか老若男女の分け目なく、みんな踊り出すではないか。

 誰もの表情も輝いて見える、さっきダンスに誘ってくれた男子も、とても笑顔が素敵だ。

 そしてラジワットの姿も、本当に神々しい。


 そして、幸はさっきアシェーラの言っていた「ダンスなんて決まりは無い」の意味を、ようやく知ることとなる。

 体が勝手に踊り出す!

 こんな異国のステップ、本当に初めてなのに、体の芯がそれを知っていたかのように、リズムが幸を支配する。

 気付けば先ほどの男子は、幸の手を取り、古い友人のように笑顔で幸とステップを踏む。

 幸はびっくりしながら、煌々と照らされた村のあらゆるものを見ていた。

 それらはグルグルと回転しながら、そのテンションはどんどん挙がって行く。


 そして、幸は思った「楽しい!」と。


 そうか、これが祭りなんだ、嫉妬も好意もない、ただ心の底から楽しいと感じる事が、お祭りの本質なんだと幸は悟った。

 そして、幸は人生で一番の笑顔になっていた。

 笑いながら、そのダンスのテンションは、村人のそれよりも早く加速しているように思えた。

 もしかしたら、この祭りを一番楽しんでいるのは幸本人かもしれない。

 そのあまりのテンションに、実はダンスの相手がもう既に何人も交代していたことにも気付かない幸。


 そして、早いステップのダンス一回目が終わると、村全体が歓声に包まれ、地響きのように周囲に居る人に抱き着き飛び跳ねる村人たち。

 幸も、テンションが上がり過ぎて、思わずその場に居た誰かと抱き合って飛び跳ねた。

 今ならきっと、幸を襲った中年男性や父親とだって抱き合える、そう思えるほどに幸福な気持ちになった。

 そして、その抱き着いて飛び跳ねた相手は、、、ラジワットであった。

 ラジワットも、とっても嬉しそうな表情を浮かべ「楽しんでいるかい?」と幸に聞いてくるから「とても楽しいです!」と元気よく答えた。

 そして、そのタイミングでペアになった男女は、その後のダンスを一緒に踊る習慣があるのだとか。

 さっきまでのアップテンポの曲から、少し穏やかなダンス音楽に変化して、第二局が始まる。

 村には、焚火とランタンも点火され、眩い電灯は少し抑えた明るさになる。

 よく見ると、村の明かりは白ばかりではなく、赤や緑の色々な色が存在し、光の洪水のように思えた。


 なんて綺麗なんだろう、幸はため息が出るのを抑えた、時間の一秒一秒が勿体ないような気がして。


 後頭部に、何かジンジンと来るような、もう今すぐにでもいけない恋に身を焦がしたくなるような、超えてはいけない一線を越えたくなる、そんな雰囲気の中、それは始まった。

 とてもムードのあるダンス、ああ、ラジワットはやはり幸に恥をかかせないよう、しっかりリードしてくれるのだ。

 有頂天になっていた幸は、少し冷静さを取り戻すと、それはとても恥ずかしいことのように感じられた。

 あの、ラジワットとダンスをしている、お互いの手が優しく握られ、二人は光の中をゆっくりと回転しながら見つめ合う、こんなことって、、、。

 あれ?、私、ラジワットさんの事が好きなんだっけ?、と幸に何かを気付かせるようにダンスは進む。

 幸の頭はパニック寸前だ、この感情を、一体どう処理したらいいのだろう、これはマズい、、、、


 私は、恋に溺れてしまうではないか!

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