第33話 リチータ祭

「フェアリータ、良く似合っているわ!、あなた可愛いから!」


 アシェーラは、幸を自身の家へ招き、ワンサイズ小さいアシェーラの礼服を幸に着せていた。

 彼女は幸と同い年であるが、北欧系の血が濃いためか、背も高く成長が幸より二回りほど早い印象だった。

 友人のお下がり、というのにやや抵抗はあったものの、この地方の正装である真っ赤なドレスの装束がとても可愛くて、幸は少し舞い上がっていた。

 それは、美しく着飾った自分を、早くラジワットに見てもらいたい、、、、そして、褒めてもらいたい、という希望と願望が交錯していたからだ。


「ねえ、、、早速、ラジワット様の所へ私達の礼装を見せに行きましょうよ!」


 幸は、なるほど、そう言うことか、とアシェーラの気持ちを察したが、この時の幸の気持ちは、アシェーラのそれと同じであったため、二人の足は同じ方向へ向いており、その足取りは軽かった。


「ラジワットさん、ただいま!、、、アシェーラも連れて来ました」


 ラジワットは、朝の稽古を終えたばかりで、まだ雪の残る寒い朝でありながら、上半身裸の巨体からは、上昇した体温と汗から周囲に蒸気が立ち上っていた。

 それを見たアシェーラは、何ら隠すことなくラジワットを凝視していた。


「、、、ちょっと、アシェーラ、、、ねえ!!」


 幸は流石に恥ずかしくなり、アシェーラの、、、その、、あまりの興味の示し方を制しようとした。


「どうしたのフェアリータ?、目を背けるなんて、剣士様に失礼だわ」


「えっ、、、?、、、はい?」


 それは、意外な発想だった、幸は男性の裸を直視する、という行為がはしたないと認識していたが、この世界では剣士の裸体というものは、どうも崇める対象のようである。

 、、、、場所が変われば考え方も変わるものだ、と幸は思った。

 そうか、ラジワットの裸体は「美しい」で合っていたんだ。

 これまで身近な男性の裸と言えば、父親の醜くたるんだ肉体であったため、、、、とても崇められたものではなかった、、と言うか、まずその発想に至らなかった。

 しかし、見れば見るほどにラジワットの身体は鍛えられていて、ローマの彫刻象のように、造形的な美しさを持っている。

 こんな事なら、もっと毎日直視していれば良かった、と心の中で、、、それも、本当に心の奥の最深部で幸はそう考えた。


 そんなことを考えていると、アシェーラの顔はすっかり紅潮し、女性の表情になっていた。


 幸はそんな友人の表情が、妙にいかがわしく感じられ、何か見てはいけないものを見ているような気がして、悪い子になったような気分になった。


 少女A、、、、


 なんだ、そりゃ。


 幸はおかしな自問自答を繰り返す。

 ラジワットが稽古を終えたのを察すると、幸はお風呂の支度をしましょうか?、とラジワットに聞いた。


「いや、礼装の姫君にそんな事をさせられぬ、今日は気を遣わないで良いから、二人はお祭りを楽しみなさい」


 そう、今日はリチータ祭、ラジワットの言い方で言えば「通電祭」の当日だ。

 確かにせかっくの礼装、汚しては申し訳ない、、と思っている矢先、アシェーラが礼服を、、、脱ぎだした、、、


 脱ぎだした?!


「ちょっ、、えっ?、、アシェーラ、あなた、、なぜ脱ぐ!」


「だって、礼装が汚れてしまうわ」


「違う違う、そこじゃなくて!、一体何をしようと考えている?」


「いや、、だから、、、御背中、御流ししようと思いまして」


 こいつ!、絶対確信犯だ!

 ちょっと発育がいいからって、ラジワットさんの横を狙い過ぎ、あからさま過ぎでしょ!

 すると、さすがのラジワットも、それに気付いたようで、アシェーラの好意を丁重に断った。


 ああ、未遂で済んだ、と幸は一安心するも、、、今夜はきっと、こんな事が続くんだろうな、と何か心配になって来た。

 それでも、この世界の女の子が、自分の常識より遥かに積極的で、進んでいる印象を受けた。

 幸は、この世界の男女比が現世と違い決して半々ではない事実を未だ知らないでいた。

 普通、男性の死亡率は高く、幼い頃も男子の生存率は女子よりも低いと言われている。

 そのため、一般的に男性は女性より少なくなる傾向がある。

 日本も江戸時代などは、結婚の年齢も今より低く、男性の裸はいかがわしいものではなく、価値のあるものであった。

 それが、男女の人口比率が同等となったことで、日本社会も男女の距離感を変化させていたのだが、今の距離感しか知らない幸には、この世界の男女関係が、随分大人びて見えるのである。


 アシェーラは、幸を連れて、他の女の子たちのいる広場へあつまった。

 そこにはまるで、制服のように同じ礼装をした女子たちがいて、深緑に良く映える真っ赤なドレスは、まるで春の花のようだった。

 どこの世界でも同じように、それを遠くから羨望の眼差しで見つめる村の男子たち。

 どちらかと言えば、この世界では男子の方が奥手のようである。

 村には、出店が多く出店されていて、いつもは商売気のない村人も、家々の自慢料理を露店で販売していた。

 これは幸も目を奪われた、何とも美味しそうな匂い、どれもこれも、絶対に美味しいやつだ、と思える。


 アシェーラに、何か買って食べようと誘うが、この地方の女性は歩きながら食べる習慣がないようで、それは子供の行い、と認識されていたようだった。

 それでも幸のその一言で、女子たちの中で「食べよう」との意見が出て来ると、それまで我慢していた女性陣は一斉に露店の食べ物を買って持ち寄るのである。


 広場の仮設されたテーブルと椅子を陣取り、他愛の無いことを話ながら食べるのは、本当に楽しい。

 これが、この村の最後の思い出になるのだと思うと、幸は心が押しつぶされそうだった。

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