第32話 龍 脈

「通電祭?」


 幸は一瞬、耳を疑った。

 今、ラジワットは「通電」と言ったように聞こえた。

 それは、幸が解りやすいように、日本語に訳して伝えてくれたので、余計におかしな単語となっていた。

 

「ああ、この村は、冬になると水路が凍るから電力供給が微弱になるので、通電は春を待たなければならないんだ、ほら、見てごらん、小川も水路も、雪解けで流れ始めただろ」


 幸は、ラジワットが何を言っているのかさっぱり解らないでいた。


「あのう、小川と電力は、何か関係があるのですか?」


「、、、ああ、そうか、日本の電力供給システムは、水を使わないからな」


 その言い方では、こちらの世界の電力は「水」を使うかのような言い方だった。

 そう、この世界の電力には、水の存在がとても重要だった。


「、、、そもそも、この世界に電気ってあったんですか?、私、見た事ありませんでしたけど」


 そう言われると、ラジワットは少し考えた、、、確かにこちらの世界に来てから、幸は電気の存在を見る機会が少なかったように思える。


「最初の街、ほらチェカーラントでは、普通に電気を使ていなかったか?」


 え?、チェカーラントって、あの時空間転移した神社のある街、、、電気?、、、、あ、っと、幸は思い出していた。

 確かにレストランの照明など、ランタンだと思っていたが、確かに電球っぽかった。

 幸にとって、これは意外な発見であった、もっと未開な世界だと思っていたからだ。

 しかし、この世界の電力は、幸が考えていた電気とは少し異なる性質のものであった。


「このお家にも、電気が点くのですか?」


「ああ、そうだよ、綺麗だぞ通電祭は、村中の電気が一斉に点灯するからな」


 それを聞いて、幸はクリスマスの点灯式のようなものかと、期待に胸を躍らせた。

 これまで、都会のイベントには無関係だった幸も、ここのお祭りを祝う事が出来る、自分も祭りの当事者になれる、そう思うと心が躍らずにはいられない。

 そう言われれば、天井や壁には、今現在使っていない、何か照明器具のようなものも散見された。

 これまで全く気付かずにいたが、そう言う事なんだと理解した。


「そうだな、では、ミユキにも、この世界の電気というものを見せてあげよう」


 え?、見せる?、どうやって?、と幸は思ったが、ラジワットが剣を抜くと、何か精神を集中させ目を瞑り、そのまま動かなくなった。

 幸がそれを心配そうに見つめていると、突然ラジワットが剣を地面に突き刺した。

 すると、剣の柄の先端に付いていた宝玉が、突然輝き出すではないか。


「わ、、、凄い、、綺麗!」


 その宝玉は、益々輝きを増し、昼間だと言うのに、周囲を照らせるほどに眩く光った。


「何ですか?、この光」


「聞いたことないか?、龍脈だよ、地面にはこのように、龍脈と呼ばれる、電気の通り道がある、それが感覚で解るようになれれば、そこから電気を取り出す事が出来るんだ」


「でも、東京にはそんなのありませんでしたよ、同じ世界なんですよね」


「ああ、東京の電力は、ある意味こちらの物よりも安定していて便利だからな、この技術は失われたんだろう。あちらの世界の人類も、元々はこの技法は使っていたんだが、、、何か作為によって封じられたようだったな」


 たかだか電気であっても、何か事情があるんだろうと幸は思ったが、それが何なのかを考えるより、地面から電力を受ける事が出来る、という事実の方に驚いてしまい、ラジワットの言葉が頭に入って来ないのである。

 幸は、笑顔でその剣に付いた宝玉を見て喜んだ。


「これで、日々の暮らしも便利になりますね」


 しかし、それを聞いたラジワットは、少し寂しそうな表情になった。


「済まない、残念だが通電祭が終わった頃、私達は旅立ちの時を迎える、この電気の恩恵は、ほとんど受けられないだろうな」


 そうだった、ここの生活があまりにも楽しすぎて、幸はここが仮の宿である事を失念しかけていた。

 通電祭、、、それは幸とラジワットがここを訪れてから丁度3カ月目に当たる日に開催される。

 3カ月、、、幸もこの世界の言語を覚え、武術を学び、生活にも慣れ、友人も出来た。

 そんな日々を思い出しながら、何故か幸は一瞬だけ涙が出そうになった。

 ここでの生活が、本来の目的ではないにせよ、人間らしい充実した生活を知ってしまった幸にとって、この3カ月間は輝く宝玉と同じくらい眩いものに思えた。


 でも、早くラジワットの息子さんに会って、肩を叩かなければ、そして病気を治してあげなければ、と決意を新たにしたのである、、、、そうしなければ、幸は前へ進めないような気がしたから。

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