第31話 「自愛」という表現

「それではラジワット様、フェアリータ殿、道中くれぐれもお気をつけて」


「カウセルマンもな、みんな馬はどの街に置いてきたんだ?」


「はい、チェカーラントの街です」

 

 チェカーラントの街とは、幸とラジワットがこの世界に到着した最初の街であった。

 ランカース村は、雪深いため冬季には交通手段が徒歩のみとなるため、3人の騎士も馬は手前の街に残地してきたのである。


「あの、、、これ、皆さんで旅の道中、召上ってください」


 幸は、朝食の準備に併せ、三人分の昼食として、サンドイッチを作って渡した。

 それは、この世界のサンドイッチとは少し異なり、日本で作られる三角形の小さなものであった。


「そうか、これをフェアリータ殿が、、、これは忝い、有り難く頂くとしよう、、、ありがとう、、、フェアリータ殿も、どうか旅の道中、くれぐれもご自愛されたい」


 相変わらず堅い挨拶であるが、幸はこの時、カウセルマン中佐の態度が、何か少し変わったような気がしていた。

 幸本人は、それがどう変化したのか解らないでいたが、ラジワットはその変化に気付いていた。

 カウセルマンは、これまで会話の中で、あくまでラジワット中心の会話であり、幸はおまけ程度の扱いをしていたが、ラジワットと対等とまでは行かないものの、一人の女性として、またラジワットの旅の同士として認めた所があった。

 それ故に、幸本人に対し「自愛」という表現を使って、彼なりに幸の健康を心配していたのである。

 ラジワットには、それがとても喜ばしいと感じていた、それは、ラジワットにとって、カウセルマンも幸も、とても大切な仲間であるからだ。

 やはり、自分の近しい人間同士は、笑っていられる人間関係であってほしい、そう思っていた。


「ではラジワット様、くれぐれもお気をつけて、、、お早い軍務への復帰をお待ちしております、、、我々の指揮官は、永遠にラジワット様ただお一人ですので」


 ラジワットは、笑顔で「はいはい」と言った感じで軽く流してしまったが、溜めに溜めたカウセルマンの本気は、周囲にひしひしと伝わって来て、そんなカウセルマンを再び慈しむように見守る幸の姿。

 こんなやり取りも、もうしばらくは出来ないだろう。


 こうして、魔獣騒動から始まったランンカース村の珍事は、三人の剣士帰還によって、ようやく収拾したのである。


「なんだか、皆さんいい人たちでしたね、ラジワットさんも少し寂しいんじゃないですか?」


 すると、ラジワットは本当に少し寂しそうな表情を浮かべた。


「大丈夫、私にはまだ、ミユキが居てくれるからな」


 そう言うと、大きな手が幸の頭の上に置かれ、その手は幸を何度も撫でた。

 幸は、少し恥ずかしくなっていたが、ラジワットの大きな手が、なんだかとても我慢している男性の手に思えて、愛おしささえ感じていた。

 だから、本当は逃げ出したいとさえ思えるほど恥ずかしかったが、ラジワットが満足行くまで頭を撫でてもらおうと思った。


 二人は三人が訪問する以前の生活に戻っていたが、季節は間もなく雪解けの時を迎えようとしていた。

 それは同時に、二人にとっても旅立ちの時間が近付いてきている事を示している。


「ねえ、ラジワットさん、この世界には私がいた東京には無いものが沢山ありますけど、他にはどんなものがあるんですか?」


 すると、ラジワットは少し不思議そうな顔をした。


「ん?、この村にあるものは、大体日本にもあるものばかりだが、何か変わったものでも見つけたのか?」


 あれ?、どうも会話が噛み合っていないな、と幸は思った。

 いや、どう考えても東京には無いものばかりだ、例えばそう、この目の前にいるユキちゃんだって、こんな伝説の生き物は日本では見た事が無い。


「ああ、ユニホンのことか、、これは幸だって良く知っている動物だぞ」


 あれ?、やっぱりおかしい、東京にユニコーンなんている訳がない。

 ラジワットは、何か勘違いをしているのではないだろうか、例えばこっちの世界のことと、日本の記憶が混濁しているとか。


「ハハハ、そうか、ミユキは気付いていなかったんだな、これはな、ユキちゃんとミユキが呼んでいるこの動物は「サイ」なんだよ、ほら、顔を良く見てごらん、そっくりだろ」


 、、、、、えー!、ユキちゃんって、、、サイなの?、、えーっ!

 いや、でも、東京には野良サイなんていませんでしたよ!

 そもそも、サイって全身に真っ白な毛なんて生えていませんって!

 ほら、象とかカバのように、毛の無い肌ですって!。


「、、、そうか、あっちのサイは、もう毛が生えていないんだな、、ミユキ、この世界とあっちの世界はね、基本的に同じ世界なんだ」


「はい?、いや、全然違いますよね、食事だって言語だって、文化だって、、、この世界は私が聞いていた異世界そのものです、それに、ユキちゃんだって魔獣の幼獣なんですよね」


「そうだな、魔獣と呼ばれてはいるが、魔法が使える訳でもなければ、魔法で償還できるものでもない、正真正銘の動物なんだ、だから言ったろ、動物の世話は大変だって」


 、、、、えーっ、ユキちゃんは魔獣ではなく、動物園にいる動物と同じ、、、サイなの?

 幸は、自分自身が「異世界」に来てしまったという勝手な思い込みから、ユキちゃんも魔獣何だとすっかり思い込んでいた。

 ラジワットが言うには、この世界とは、本線である幸達の世界から大きく分岐したもう一つの地球の未来なんだそうだ。

 だから、基本的には途中までの歴史は同じであるが、数千年前の歴史から分岐しているため、二つの世界は文化を異にしているのだそうだ。


 、、、、それは、高度な機械文明を持たなかった、もう一つの可能性、世界がこうなっていたかもしれない別の選択肢。


 それでも幸は、この世界が好きになり始めていた、だから、世界はこんな選択肢をしても良かったのではないか、と思うようになっていた。

 東京のように、みんなギスギスとした人間関係の中で生きるより、こちらの世界のように時間の流れがゆっくりで、人は争わず、朗らかに生きている、人間は本来、こう生きるべきではないか、と。

 電気なんて無くても、みんな幸せに暮らしているではないか。


 しかし、幸は未だ知らない、この世界にも争いはあり、皆が朗らかに生きている訳ではないという事を、そして、「電気」ですら、それは形を変えて存在している、ということを。

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