第30話 ユキちゃん

「クエ~ッ」


 先日の魔獣騒動で、ただ一匹だけ残った幼獣が、縄に繋がれ幸達の家の前で飼われていた。

 村人は、その見慣れない生き物に、家の前を通過する度に驚きの表情を浮かべた。

 日本では、犬などの動物をペットとして飼う時に、縄に縛って飼う週間があるが、この世界では犬は放し飼いが基本で、ペットと言うよりは牧用犬などが主流であり、動物に対する接し方が違っていた。


 ラジワットと幸は、日本での生活が長いため、このように生き物を縄で繋ぐスタイルの飼い方に慣れているため、全く違和感を感じていなかった。


「クエ~ッ」


「へー、ユニホンの幼獣って、クエ~ッって鳴くんですね」


 ブラン軍曹が、珍しそうに覗き込む。


「フェアリータ殿、この魔獣はどうするのだ?」


 カウセルマン中佐が、稽古を終え幸に質問してきた。

 幸は、大きさも大型犬程度のものなので、自分で飼う、という選択肢を考えていた。

 

「はい、私で引き取ろうかと考えています」


 すると、カウセルマンと他の2名は、大層驚いた表情でもう一度聞き直してくる。


「、、、フェアリータ殿は、これを、、、使い魔にすると?」


「使い魔、、、、まあ、そんな感じです」


 少し間を置いて、カウセルマンはラジワットに、これ、本気ですか?、という仕草をした。

 ラジワットはニッコリと笑うと、幸をこう諭した。


「いいかいミユキ、この生き物は魔獣だ、人間と生きるにはとても大変なハードルをいくつも越えなければならない、、、残念だが、この幼獣は山に帰した方が良いな」


 すると、幸は珍しくラジワットに抵抗した。


「嫌です、ユキちゃんは私が飼います、第一、こんな子供一人山に返しても、生きて行けません。大丈夫、旅にも連れて行けます、ねっ、大丈夫よね、ユキちゃん!」


「ミユキ、、、、何だ?、その「ユキちゃん」というのは」


「、、、この子の名前です!」


 すると、ブラン軍曹が、なるほどという表情を浮かべながら


「ああ、、、、、ミユキのユキ!、なるほど、フェアリータ殿の使い魔だから、、」


 幸は、ブラン軍曹からそれを聞いて、初めて自分の名前の一部であることに気付いた、最初は単純に、雪のように白くて可愛いので、単に「ユキちゃん」と、、、あ、でもそれ、いいかも!、と。

 幸は、ラジワットに対し、まるでおねだりをする幼子のような目をしながら、ユキちゃん飼いたいオーラを出し続ける。

 しかし、ラジワットもまた「飼っちゃダメ」オーラで対抗し続け、なにやら捨て犬を連れて帰ってきた子供と大人の激しいバトルの様相を呈していた。

 ところが、そんな拮抗した空気を打ち破り、助け船を出してきたのは、意外にもカウセルマンであった。


「ラジワット様、フェアリータ殿のお声にも一理あるかと存知ます、この年齢で使い魔を使いこなす少女や巫女は希です、旅の道中、荷物を持たせたり、ご子息を帰国させる時にも、、少なからずお役に立つことでしょう、ここはどうか、フェアリータ殿の具申、聞き入れていただけませんでしょうか?」


 ラジワットも、最初はカウセルマンの発言を意外と感じていたが、珍しく幸を養護しようとしたカウセルマンの温情を、なんだか嬉しく感じ、ついには幼獣を飼う事を許可するのである。

 

 カウセルマンは、幸の方へ、珍しく優しい笑顔を向けた。

 この人、こんな顔も出来るんだ、と、幸は思ったが、どうして突然親切にしてくれたのかは、解らなかった。



「いいかいミユキ、生き物を飼うという事は、とても大変な事だ、人間の事情で今日は世話が出来ません、という事はない、毎日欠かすことなく面倒をみなければならないよ、それでも出来るかい?」


 幸は、もう目を潤ませながら、何度も大きく首を縦に振りながら「大丈夫です、私が必ず面倒を見ます!」と言った。


「ハハハ、そんなに首を勢いよく首を縦に振っていたら、首が取れてしまいますよ」


 ワイセル中尉がそう言うと、一同は一斉に大笑いした。

 こうして幸は、人生初の「ペット」を飼う事になったのである。

 

 そんな一同にも、別れの時が近付いていた。

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