第29話 嫉妬の感情を持て余し

「ねえ、あなた本当にラジワット様を狙ってはいないの?」


 アシェーラと幸は、あの宴の夜以降、友人として毎日のように会うほど仲良しになっていた。

 冗談とは言え、あのハイヤー家の男性から妻に、などと言う言葉を言われて、村の娘たちの間では、もうその話題で持ちきりになっていた。


「もう、本当に狙ってなんていないから!、ラジワットさんは、そう言うんじゃないから、、、、」


 そうは言っても、あの日以来、どうしてもラジワットを意識してしまう。

 アシェーラでさえ、まるで自分が求婚されたかのように、毎日盛り上がっているようだった。


「でも、やっぱり、殿方はああでなくてはいけないわよね、強くてハンサムでお金持ちで、堂々と構えていて、男性からも人望が厚くて、女性なんて自分から追いかけたりしない、、、は~っ、素敵!」


 幸の心境は複雑だった。 

 それは、自分の友人が、父親を異性として意識しているような、大切な何かを横取りされたような、、、、アシェーラはラジワットに指一本触れていないと言うのに、これまで独り占めして来たラジワットが、なんだか急にになってしまったようで、おかしな嫉妬の感情を持て余していた。


「やあ、フェアリータちゃん、お友達と何を話しているんだい?」

 

 そこへ、買い物を済ませたブラン軍曹が通りかかった。

 あれから3騎士は、1週間程度この村に滞在すると言い、未だ残っていた。


 ブラン軍曹に気付いたアシェーラは、再び借りてきた猫のように、しおらしくなってしまった。

 幸もこのブラン軍曹という人が、組織の中でどんな立ち位置の人物かを、アシェーラから教えてもらう事が出来た。

 ブラン軍曹は、元々ラジワットが近衛連隊長をしていた頃、従卒として身の回りのお世話をする係りだったらしい。

 軍曹と言うのは、軍隊で言うと丁度真ん中くらいの階級で、下から兵・下士官・士官と上がって行く、本当に中間地点の階級と言えた。

 それ故、他の二人が将校(士官)であるのに対し、唯一の下士官であるブラン軍曹は、未だ若く笑顔も優しそうで、アシェーラからすれば身の丈に合った殿方と言えた。

 もちろん、ラジワットやカウセルマンを諦めた訳ではない。

 しかし実際問題、何がどうなっても、あの二人には近寄り難いオーラが発せられており、生涯を共にするならブラン軍曹のような人、と言う、手の届きそうな雰囲気が、女子のハートを掴んでいたようだ。

 幸も、そう言われてみれば、なんだか優しいお兄さんのように見えて、どこか癒されるのである。


「ブラン軍曹、今日も家に来るんですよね」


「ああ、お邪魔させてもらうよ、、、カウセルマン中佐は、既にお邪魔しているようだけど、、、」


 そうなのだ、短い滞在期間であるため、カウセルマンはここぞとばかりにラジワットの元へ通い詰めていたのだ。

 一応、建前としては、ラジワットに剣術の稽古を付けてもらいたい、ということなのだが、ラジワットもカウセルマンも、帝国でも指折りの剣士であり、その稽古ともなれば、竜巻でも発生しそうなレベルである。

 そしてもう一つ、この世界の剣術稽古は木剣の場合、上半身裸で行う事が多いらしく、幸はそれが流石に目の毒となり、家に居られなくなった、というのがアシェーラと毎日会う切っ掛けともなった。

 

 、、、、最初、二人して上半身裸になるものだから、幸はてっきり下半身も脱ぎだすのだと思い、慌てて逃げて来た、という経緯もあるのだが、、、、。


「まったく!、、、いきなり脱ぎ出すものだから、いきなり始まっちゃうのかと思って、びっくりしたわよ」


 と、赤面する幸

 すると、アシェーラが幸の呟きに、即座に反応した。


「えっ?、何が始まるの?」


「ひっ、、いやっ、、何でもないわ、、独り言よ、、」



 こうして幸は、少しづつ大人の階段を斜めに登り始めていたのであった。

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