第20話 剣術とは

 息を切らせて、幸はラジワットの元へ大急ぎで走ってきた。

 ラジワットは、毎朝のルーティンワークとして、剣術の稽古に励んでいた。

 この時間は、幸が家事をして、ラジワットが稽古をする時間と決められていたが、その時間割を侵して幸は走った。

 幸のあまりの表情に、何か緊急事態でも発生したのかと身構えるラジワットに、幸は大きな声でこう告げるのである。


「ラジワットさん!、私に、剣術を教えてもらえませんか!」


 突然の申し出に、ラジワットは少し躊躇した。

 少し間を置いた後、ラジワットは幸に優しく問いかけた。


「、、、、剣術とは、自身を守るだけではなく、時には人を傷つけ命も奪う、剣を持って歩けば、世間は君を剣士と見なす、剣士には敵も多い、それでも君は剣を学びたいか?」


 ラジワットは、言語を教えてくれる時に比べて、真剣な眼差しで幸に問いかけた。 

 しかし、まさかダイエットしたいから剣を学びます、とは言い出せず、幸は一度だけ首を縦に振った。

 それを見たラジワットは、なんだか満足そうな表情を浮かべ、「では、早速明日から始めよう」とだけいい、その日は剣の基本的な構造や歴史についてだけ教えてくれた。

 

 幸は、少しよこしまな気持ちで申し出た事を後悔していたが、ラジワットから教えてもらうのだから、一所懸命に頑張らねばと、決意を新たにした。


 翌朝、ラジワットはどこから調達したのか、幸専用の「木剣」を準備してくれた。

 日本で言うところの「木刀」なんだろうが、ラジワットはこういうものを、サラッと準備してしまう男前ハンサムなところがあると、改めて関心してしまった。


「良いかミユキ、剣術とは、基本が大事だ、いや、むしろ応用は必用ない、正しく、真っ直ぐに、剣を扱う事が出来れば、敵を切る事ができる。先ずは、剣を縦に真っ直ぐ下ろしてみなさい」


 幸は、見よう見まねで剣を振り下ろした。

 剣先が地面に付かないよう、ブレーキをかけたつもりだったが、木剣の重さで剣先は地面に付いてしまった。

 おまけに上半身が醜く前のめりになり、いくら最初とはいえ、これは酷いと本人も落胆してしまった。


「いいかい、見ていなさい」


 幸の木剣をラジワットが取ると、一度深呼吸をし、頭上に振り上げた剣は、美しく縦一文字に空気を切り裂いたのだった。

 それを見た幸は、東京でラジワットがチンピラを切り捨てたあの日の記憶を鮮明に思い出していた。


 たかだか木で出来た剣、それを、これほどまでに鋭く振れるものなのかと、ラジワットの剣士としての鮮麗さに、思わず圧倒されてしまった。


「焦ることはない、語学のように、すぐに覚えられるようなものではないからな、時間をかけて、毎日練習に励むといい」


 、、、、いや、どんなに鍛えても、自分はラジワットのようにはなれないと感じた。

 だが、一度言い始めたことである、幸は幸なりに、剣術を真剣に頑張った。

 そして、心なしか自分を鍛えている時のラジワットの表情が、充実しているように感じていた。

 ラジワットもまた、乾いたスポンジが水を吸収するように教えた事を覚えてゆく幸の事が、嬉しいと感じていた。

 優れた教師は、生徒によって鍛えられるのだと、改めて感じるとともに、ラジワットには、苦い思いでが蘇るのであった。


 幸は、思いがけずそれまで全く未知の世界を多く学ぶ機会を得たことで、水を得た魚のように、伸び伸びと成長していった。


 こうしてランカース村での生活が1ヶ月も過ぎた頃には、幸の言葉も、日常会話程度で困る事は無くなり、料理の腕もすっかり上がっていた。


 ただ、剣術の方だけは、難航しているのであった。

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