第19話 鏡を見て
ラジワットの生活スタイルは、非常に規則正しく生真面目であった。
自分で決めたルーティンを、決して崩す事はしない。
その姿は、どこか修行僧のようにすら見えた。
幸とラジワットがこの家で生活を始めて、もう1週間が経過した。
たったの1週間であったが、ラジワットは幸について、幾つか気付いた事があった。
それは、色々な事に器用であり、物覚えが早いこと、そして、ある方向に対して、才能と呼べるものを持っている、という事だった。
この1週間で、幸はこちらの世界の言語をかなり修得していた。
それもまた、彼女の隠れた能力と言えた。
要するに、幸は頭が良いのだ。
それが、あの劣悪な生活環境のために、幸の能力は霞んでしまい、実はかなりの知能であったことに周囲も教師ですら気が付いていないのである。
もちろん、ラジワットの教え方が上手であることも影響しているが、たった1週間の教育で、幸は今日、初めてのお使いに出ているのであった。
「えーと、、、、そこの葉物野菜と、根菜類、それに鶏肉とチーズをください」
商店の店主は、いつもラジワット本人が買い物に来ているのに、今日は連れのお嬢ちゃんか、程度に考えていた。
それほど、幸の発音はラジワットのそれを良く真似することが出来ていた。
元々、文法が日本語に近い所もあって、幸にとっては修得しやすいと感じていた。
そんな幸を、尾行する影。
もちろんラジワットである。
店主も、この人は何をやっているんだろう、と首を傾げた。
この地方は、東洋系の顔も珍しくはなく、幸の顔も、特別違和感はなかった。
こうして幸は、急速に異世界の環境に順応してゆくのであった。
「ラジワットさん、ただいま!、買ってこれましたよ」
ラジワットは、呼吸を整えながら、さも、いままでリビングでくつろいでいたかのように振る舞った。
初めてのお使いを、心配して後から付けていたなんて知られたら、さすがに過保護だと思われる、それは流石に恥ずかしい。
それでも、ラジワットは幸という優秀な生徒を得たことで、自身も励みになっていることを認識していた。
この旅に、幸が一緒で本当に良かったと。
幸にとっても、一瞬のように過ぎて行った1週間であり、家事が楽しくて仕方がなかった。
特に、生まれて初めて自分の部屋を持った事は大きな出来事である。
最初は、ラジワットと別の部屋、と言うのが寂しいとすら感じていたものの、やはり年頃の少女、自分のプライベート空間がある、ということが、これほどまでに快適であったのか、と思った。
幸は、掃除、洗濯の他、この世界の料理をラジワットから習った。
和食とは大分違うものの、基本的に焼く、蒸す、煮る、炒めるぐらいの範囲であるため、難しさは無かった。
むしろ、一番苦労したのが火力調整だった。
この世界のコンロは、薪で火を起こし、その上に丸い鉄板が乗っており、その加熱した鉄板の上に鍋やフライパンを乗せるタイプのもので、火力は強いが、慣れないとフライパンがどの程度温まったのかが解らず、食材を入れるタイミングを覚えるのが大変であった。
そして、この世界の調理器具は、とにかく金属の無垢で出来ているものが多く、とにかく重い。
ラジワットは軽々と持つが、幸は両手で持っても腕が痛いほどであった。
それでも、調理も要領を得て来ると、食事を作る機会はラジワットと半々程度にまでなって行った。
幸は、味覚のセンスもあるらしく、作るものは皆、美味しかった。
自分が作った味付けの評価は、なかなか自分では出来ないので、幸は当初、ラジワットがお世辞で美味しいと言ってくれているのだと思っていたが、ラジワットは自分の作った料理を、本当に美味しそうに食べるものだから、料理を覚えることに喜びを感じるようになっていった。
もともと凝り性なところがあり、幸は料理の腕を挙げたくて、本格的に取り組んだ。
水も空気も美味しくて、普通に生活しているだけでも血色が良くなりそうな住環境、幸の体調は、もうすっかり元気になっていた、、、、いや、、元気になりすぎと言えたかもしれない。
幸は、ある朝、自室にある鏡を見て思った。
、、、、自分の体型が、、マヨネーズを作っている会社の登録商標と、とても似通って来ていることに。
、、、あったよなー、こんな赤ちゃんのキャラクター、、、。
「あれ、、、私って、、、こんな体型だったっけ?」
幸は、地味に冷や汗をかいていた。
体調を戻そうと、一所懸命に食べて、味見して、料理して、また味見して、、、、そして、幸せの日々、、、、。
そう、幸は太ったのである。
、、、ラジワットに、太れとは言われたが、、、
これはマズいと、さすがの幸も肝を冷やした。
こんな姿、ラジワットに嫌われてしまう。
そして、幸は走ったのだ、ラジワットの元へ。
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