第8話 心がくすぐったい

「ご馳走様でした、とても美味しかったです!」


 幸は、笑顔でラジワットに昼食のお礼を言った。

 さっき食べた料理は、本当に美味しく、なんと言うか、本格的だと感じた。

 それは当たり前で、ここは日本国内の外国料理屋ではなく、本当に「外国」、、、というか「異世界」である。

 ついさっきまで、東京都練馬区にいた自分が、突然異世界に来たのだから、それは当たり前ではあるものの、洋風と言うよりややエスニックに近い味付け、なんとなく大好きなカレーの雰囲気もあり、幸の好みとは抜群に合性が良かった。

 最初に出された「白い飲み物」も、日本で言う所の「ヨーグルト」のような発酵食品であり、この世界の料理は、中東と北欧とインド付近までの味がミックスされているように感じられた。


 空腹が癒えると、幸とラジワットは、その日の宿に荷物を置いて、一先ず買い物に行くと言い出した。

 買い物、、、それは幸にとって、少し期待してしまう響でもあった。

 この街の物は、なんと言うか全てが可愛らしいもので溢れていた。

 幸の目には、それらが全てキラキラとした宝石のように感じられた。

 

「君の装備では、山を越える事が出来ない、まずは服と装備だな」


 ラジワットは、子供向けの被服商店に入ると、幸のサイズに合った服を物色し始めた。

 幸の目は、再びキラキラと輝きを増した。

 どの服も、まるでおとぎ話に出て来るような、可愛くて、カッコよくて、、、、これは、男子たちが好きなテレビゲームに出て来る冒険者装備、というではないか、と幸は思った。

 厚手の生地、これはフェルトだろうか、日本の服飾では使わない不思議な技法が用いられているのか、全体のフォルムが、とにかく可愛くてカッコいい。

 布地は体にフィットして、それでいて固いフェルト地は一度付いたラインが型崩れすることなく、その美しい形状を維持し続ける事が出来る。

 白い厚手のコートとパンツ、それにマントのようなケープ、縦長の帽子もセットで買ってもらった。コートの襟には、たっぷりと毛皮が使われており、日本では禁止になりつつある流れが感じられないデザインだ。

幸はもう少し大きく成長するだろうとラジワットは考え、少し大きめのサイズを買った、それがまた、幼い体型を上手に隠して、かわいさが増した。

 それらはトータルコーディネイトされていて、普通にオシャレ着に着れそうなほどに可愛かった。

 少し可愛すぎて、コスプレと間違われそうなほどに。

 どれも初めて見るのに、それでいてどこか懐かしさが感じられるのも不思議であった。

 なんとなく、この異国感は、大好きなジブリアニメなどにも通じるものを感じた。

 色や模様も、異世界っぽくて、なんだか本当に遠くへ来た、という感じがして、幸は少し舞い上がってしまった。


 服の次は、靴。

 

 幸の運動靴では、山越えは無理だといい、これもまた、可愛いロングブーツを買ってもらった。

 この靴も、幸の心を捕えて止まなかった。

 日本では絶対に売っていない、でも売っていたら絶対に欲しい、でもきっと高い、そんな憧れのブーツ。

 上質の革が使われているのか、日本の製品よりも柔らかくて厚手で、履き心地が良い。

ふくらはぎからひざ裏までのラインが、ストレートのフォルムでとにかく、足が細く見える。

 革質の近い素材で作られた、これもまたノスタルジーな手袋もセットだ。

 手首の付近から肘の途中まである長い手袋、昔の飛行機に乗る人が付けていそうなこの手袋も、日本ではまず見かけない。



 幸は、ラジワットにお礼を言い、買ったばかりのブーツと服、グローブを付けて路上を少し跳ねるように、そして回りながらラジワットに自分を見せた、それも満面の笑顔で。

 すっかり日も落ちかけた街の石畳の上で、そんな幸の姿を、少しだけ笑顔で満足そうに見ているラジワットが、夕陽に照らされていた。

 それを見た幸は、再び心に、なにかような、不思議な感じがすると同時に、胸が締め付けられるような、初めての感覚に襲われた。

 これは、一体何の感情なんだろう。

 その時の幸は、その程度にしか感じなかったが、その胸の苦しさは、不思議なものであった。

 不安、、、とも違う、何かとても掴みにくい感情。


 それでも、今の幸福を、もう少し満喫したい幸であった。



 セーラー服の上に、先ほど買ってもらった服を着て、ラジワットと幸は、再び夜の街へ繰り出した。

幸の服は、日本とは少し違い、もう冬の直前であり、コートの暖かさが際立っていた。

 ラジワットは、幸を晩御飯に誘った。

 食事をしながら、これからの話をしたい、とのことだった。

 それはそうだ、遊びに来たのではない、自分は、あのラジワットの肩を叩きに来たのだから、、、、あれ?

 幸は、どうしてラジワットの肩を叩くためだけに、これほど色々な物を買ってもらったのだろう、と少し、、、いや、とても不思議に思った。

 、、、そう言えば、それを聞いていなかった。


 考えてみれば、目の前で大勢を倒し、自分も人を刺し、逃避行として来ていたつもりだったが、ラジワットは最初から「タタリアの山脈を超えて」と言っていた。


 そうだ、この旅には、単純にラジワットの肩を叩けば終わりではない何かが存在する、、、、。


 そう考えた時、幸は急に不安になった。

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