第7話 絶対に美味しい!

 幸は少し有頂天になっていた。

 それまで、悲壮感溢れる自身の身の上を憂いでいた一人の少女が、まるで御伽の国にいるかのような可愛らしい街に辿りついたのだから。

 遊園地、それとも東京ディズニーランド?、もう、街全体がテーマパークのようであった。


「ミユキ、お腹は空いていないか?、先に食事にするか?」


 食事、それは幸の心を更に舞い上がらせるものだった。

 この街の食事、それって絶対に美味しいに決まっている。

 

 ラジワットに付いて行くと、恐らくは馴染みの店なのか、店主が知らない言語で陽気に話しかけてくる。

 それでも、幸は店内の装飾品の可愛らしさと、いかにも美味しそうなスパイスの効いた「何か」の香りに、もう心は期待で高まっていた。


「君がどんな好みか解らないから、こちらで適当に頼んだからな」


 そう言うと、ラジワットはとても紳士的に幸を席へ案内した。

 理屈を吹っ飛ばした異界の騎士、そんなイメージしか無かったラジワットを、幸は少し見直していた。

 よく見れば、とても整った顔、品のある身のこなし。

 練馬に居た時は、何とも異様なオーラを放っていたが、こうして異世界に来て見ると、その場の空気とよくマッチしていて、これは正直、かなりハンサムでカッコいいと幸は感じていた。

 料理が来る前に、何か飲み物が運ばれてきて、その小さな樽のようなコップに入った白い「何か」を、幸はジッと見つめていた。


「どうした、さあ、飲みなさい、美味しいぞ」


 幸は、この男に付いて行くと決めた、だから、彼が飲めと言うものは、素直に従うべきだと感じていた、、、なぜなら、彼からは悪意という物が一切感じられず、むしろ「好意」に近いものが感じられた。

 そして、思い切ってその飲み物を飲んでみた、、、、。


「なにこれ、、、、美味しい!!」


 幸の表情は、一瞬で笑顔になる。

 そして、ラジワットは少し驚いて「なんだ、笑えるじゃないか」と言った。


 そうか、、、自分は、未だ、ラジワットの前で、笑顔を見せた事が無かったんだと、意外に感じた。

 それは、これほど短い時間の中で、あまりにも多くの事が起きすぎたことで、時間の感覚が麻痺していたためである。

 もう、ラジワットとは、長く一緒にいるようにすら感じられた。


 間もなく、幸の目の前には、それまで見たことも無いような豪華な料理が運ばれてきた。


「え、こんなに、ですか?、私、食べきれませんよ」


 幸が驚くのも無理は無かった。

 テーブルに運ばれてきたのは、西洋人一人分の料理に相当した。

 パン、、のような美味しそうな焼き物、ポタージュのようなスープ、メインのチキン?、のような肉料理、肉の表面は、こんがりと焼き目がついていて、その表面ですら、何かスパイスが肉汁と合わさって、美味しそうな焼色になっている。

 それにサラダボール、数品の副菜、そして、先ほどの白い飲み物。

 幸は、自分の目の前にある食べ物が、人生初のご馳走だと思った。

 その驚きの表情を見て、ラジワットは不思議そうに質問する「どうして食べないのか」と。


「いえ、、、こんなご馳走、私には勿体ないと思いまして、、、いいんですか?頂いちゃって」


 ラジワットは、少し切ない表情を浮かべ、優しくこう言った。


「当たり前ではないか、ゆっくり楽しんで食べなさい、君は少し痩せている、栄養状況が良くないのだろう。これまで苦労も多かったのだろうな、こちらの世界では、日本食は無いが、美味いものも沢山ある、これから旅が始まるから、毎回レストランと言う訳には行かないが、生活で君に不自由はさせない、だから、安心してお食べなさい」


 その言葉は、幸の中に、じんわりと沁みていった。

 人からの好意というものに不慣れな少女には、なんだか心がくすぐったいような不思議な感情が芽生えていた。 

 これは一体、何だろう、と幸にはその正体が解らないでいたが、今、とても幸せな気分を感じている事だけは確かなことであった。

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