第6話 御伽の国

 その街は、幸がそれまで接して来たどの文化にも当てはまらない、不思議な雰囲気の街だった。

 そもそも、街行く人々が、何語を話しているのかも、よく解らない。

 

 異世界


 幸は、そんなものが本当に存在するのだということに、ただ驚愕していた。

 それでも、少し慣れてくると、その独特ながら少女の心を擽る可愛らしい街並みに、幸の心はときめくのである。

 

「ラジワットさん、ここは凄いですね、、、私初めて見ます、社会科の資料集にあった、モスクワの町並みに少し似ていますね」


 モスクワという単語を聞いて、ラジワットは少し笑いそうになってしまった。

 それは、案外的を射ていたからだ。

 

 幸とラジワットの二人は、父親救出を決行した後、約束の通り旅立つこととなった。

 常識的に、相当な遠距離旅行であったが、幸は家族旅行も経験が無く、この際、その距離は100㎞であっても、10000Kmであっても関係のないことであった。

 しかし、それは現世の距離に換算することが出来ない遠方と言えた、、、ある意味。

 幸は、これから国外逃亡をするのだと勝手に思っていた。

 しかし、自分はパスポートも持っておらず、逃亡をするのであれば、密航などの非合法となるのではと、覚悟していた。

 それこそ危険な旅になる、それでも、自分は既に犯罪者、いくら父親のためとは言え、殺人を幇助してしまったのだから。


 ラジワットは、襲撃した組事務所からほど近い神社に幸を連れて来た。


「あのう、ラジワットさん、ここ、神社ですけど」


「ああ、私達の世界と、こういう場所が古くから繋がっている、まあ、見ていなさい、解るから」


 すると、ラジワットは、神社の階段を上り、途中まで上がったところで幸を呼び寄せた。


「これから、私が上る、下るを正しく真似をしなさい、間違えると、時空間の隙間に落ちるから、絶対だぞ」


 幸には、それが何を意味しているのかが、解らないでいた。

 しかし、解らないのであれば、従うしかない、ラジワットは命の恩人、自分も犯罪者、従う他に生きる道などないのだから。


 13段上がって、6段降りた、そして再び3段上がると、5段降り、、、そんな階段の上り下りが繰り返されてゆく内に、フッと空気が変わったのが幸には解った。


「ほう、勘が良いな、気付いたか」


 ラジワットがそう言うと、残りの階段を今度は直線的に上り始めた。

 幸は悟った、この方法には、何か仕組みがあるのだという事を。

 なぜなら、この神社は、幸自身も良く見知った場所、このような所から、外国に行けるわけがない。


 なんとなく、、、、幸には感付いている事がある。

 それは、ラジワットがこの世界の住人ではないのではないか、ということだった。


「ラジワットさん、さっき私に、タタリアの山脈を超えた場所が目的地と言っていましたが、それって、、、、」


「ああ、君たちの言葉で言えば、異次元、四次元、、、、異世界と言うのだろうか、理解が早くて助かる」


 いやいや、幸は何も理解など出来ていない、むしろ、困惑の度は高まるばかりだ。

 修学旅行も未だ行っていない彼女からすれば、練馬区から出る事すら大冒険なのに、なんでまた、行き先が異世界なんだろうと、その極端な運命に困惑していた。

 

 しかし、到達した階段最頂部から見た景色は、それまであった練馬区の風景ではなく、見たこともない御伽の国おとぎのくにであった。


「凄い、、、、なんですか?、ここ?」


「ああ、日本ではない場所だ、、、、ここに居ると奴らに見つかる、早く階段を降りなさい」


 奴ら?、

 幸は、ラジワットがまだ何かから逃げているのかと、少し怖くなった。

 しかし、その恐怖は、すぐに吹き飛んだ。


 なぜなら、そこは14歳の少女の目を楽しませるには、十分すぎるほど可愛らしい御伽の国メルヘンであったのだから。

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