第5話 少なすぎる荷物

「お前の父親を救助したら、すぐに旅立つ、ここへは戻らないから、手短に旅支度を済ませろ、5分で出発する」


 旅支度と言っても、元々私物の少ない貧乏暮らし、それでも、旅に出る、という言葉が、気丈に振る舞って来た少女の心を抉り取る。

 ああ、やはり自分は、元の生活には戻れない。


「旅って、何処へ行くのですか?」


「ああ、タタリアの山脈を超えた北部だ」


 もはや、地名すら何を言っているのか解らない場所へ、自分は、連れて行かれるのだと、義務教育の学校は、もう通える見込みも無いのだろう。


 さようなら、私の日常生活。


 こんなことになるのなら、学校のみんなにも、お別れを言っておくんだった。


 約束の5分が過ぎると、男は幸を見て驚いていた。

全ての荷物が、使い古された小さなボストンバック一つに収まっている。

 それは、14歳の少女の身支度としては、あまりにも少なすぎる荷物と言えた。

 そして、男は彼女の置かれた境遇が、よく理解出来た。

 苦労しているのだと、いう事も。


「さあ、行こう、銃は持ったか?」


 多分、囚われているであろう父親を助けに、見知らぬ男と武器を持って殴り込み、、、、、

 セーラー服と機関銃もびっくりの急展開、幸は、何か悪い夢でも見ている気分だった。



「随分遅せーな、テツの野郎、小娘一人に、一体どれだけ時間かけてんだ、あいつ」


「もしかして、もうやっちゃってるんじゃないですか、兄貴」


「馬鹿野郎、一応商品なんだ、そんな事したら落し前では済まされねえぞ」


「兄貴、、、外に変な奴がいますが」


 兄貴と呼ばれるその男は、薄暗い外の街灯に照らされた、見知らぬ男の気配に気付いた。

 それは、かつて任侠映画で見た殴り込みそのものに見えた、、、装備が洋式である事を除き。


「おい、誰だテメーは」 


 そう叫ぶと共に、周囲の大勢は、一斉に拳銃を取り出し警戒態勢を取る。


「んあ?、、、どこに行った?」


 男がそう呟くと、拳銃を構えた両腕が瞬時に切り落とされて、床にボトリと音を立てて落下した。


「うあああ、、!、何だ、これは!」


 叫ぶ男の後背に回り込み、大きな剣は、両手を失った男を背中から縦に真っ二つにする。

 事務所内には、悲鳴が轟き、複数の男が拳銃を乱射した。


「ああああっ、なんだ、この男は!」


 拳銃の弾丸を交わすように、恐ろしく駿足で動く目の前の男に、成す術の無いチンピラたち。

 外で見ていた幸は、そのあまりの破壊力に、思わず足がすくんだ。

 目の前で起こっている事が、現実のことと認識出来ないほどに。


 事務所に入ってから、僅か30秒ほど、もはや生存している人間は皆無であった。

 幸の足は、震えて動かす事が出来ないでいた。

 立ち尽くす幸を横目に、男は幸の父親を手際よく救助すると、顔にかけられていた布袋を外し、こう言った、「もっと娘を大切にしろ」と。


 父親は、それを聞いて悲鳴を上げながら事務所を飛び出していった。

 幸の存在を視認しながら、それでも恐怖に任せて、止まることさえせずに。


 こうして、あれだけの事態が、本当に一瞬で片付いてしまったのである。


「おじさん、ありがとうございました、お父さん、助かったんですね、、、、」


「ああ、酷い父親だな、娘に目もくれず、、それとおじさんと言うのはもうやめろ、私は名前は、ラジワット・ハイヤー、ラジワットでいい」


 ラジワット、、、、やっぱり外国人ではないか、と幸は思いつつ、この男の近くに居れば、誰にも負けないという気さえしてきた。


「さあ、旅立とう、警察が来る前に」


 こうして、幸は住み慣れた街を後にすることになった。


 最後に、倫子ちゃんにお別れが言いたかったな、と、他人事のように、未だ現実を受け入れられない幸であった。

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