第4話 細々と築いて
「おいチンピラ、その子は私が先に手を付けた、こちらに渡してもらおう」
「なに、、、なに言っている、こいつの親父は大きな借金を抱えて、娘を売ったんだ、用があるなら、事務所まで来てもらおうか」
どうも、二人の男の会話が成立していない、と思った幸は、それでも目の前のチンピラに売却されるくらいならと、声を振り絞ってこう叫んだ
「おじさん!、、、助けて!」
すると、膠着していたアパートの空気を切り裂くように、男はチンピラを横一文字に切り捨てた。
玄関には、一瞬で血だまりが作られ、ホースで水を撒くように、チンピラの胸部からは緩く血が噴き出した。
倒れたチンピラの真っ白いスーツは、真っ赤に染まり、心臓の動きに合わせるように、胸部から吹き出す血液は、強弱を繰り返すことで、辛うじて男がまだ生きている事を示していた。
「嫌、嫌だよ、どうして?、どうして殺しちゃうの?」
「やらなければ、お前がやられていた、助けろと言ったのは、お前ではないか」
自分も目の前のチンピラを刺しているから、同罪ではあるが、これは殺人ほう助になるのだろうか。
幸は、それまで細々と築いて来た自分の生活圏が、一気に崩壊したことに恐怖した。
もう、昨日までの自分には戻れない、たった今、取返しのつかない事が起こってしまったのだ。
「さあ行くぞ、この国の警察が来る前に」
「嫌です、私は自首します、そして、このチンピラさんに一生をかけて償います」
「お前、自分がどんな状況に置かれているか、解っているのか?、お前、売られそうになっていたんだぞ」
どうやら、目の前の男は、自分がこの後、どうされるかを理解しているかのような口調だった。
女性としての商品価値がない自分に、その後降りかかる運命、、、、そう言えば、借金取りは臓器を売れだの、目玉を売れだの、換金に必要な要素で怒鳴る事が多かった。
そう言うことだったのだ。
自分は、エッチな方面に売り飛ばされるのではなく、パーツとして売られる予定だったのかもしれない。
「おじさん、お父さんは、どうなるのかしら?」
「お前が売れないとなれば、自分を売るしかないだろうな」
それは、父親が殺される前提の話である。
こんな事をした父親であっても、唯一の肉親、助けてあげなければ後味が悪いし、なんとか助けたい。
「ねえ、おじさん、私、おじさんと一緒に行きますから、どうか、最後に、お父さんを助けてあげてほしいの、それと、倫子ちゃんにも、最後のお別れが言いたい」
「要求の多い娘だな、ダメだ、時間がない、どちらか一つにしろ」
時間がない中でも、一つは叶えてくれるんだ、と幸は思いながら、先ほど絶命したと思っていたチンピラが虫の息で、拳銃を取り出しているのが見えた。
「おじさん、危ない!」
幸が必死の思いで男を庇おうとすると、それよりも早く男の大きな剣がチンピラの腕を切り落とす。
拳銃を持った手ごと、床に落ち、今度こそ本当に絶命した。
「なぜ、私を庇った」
「だって、どんな事情があっても、貴方は私を助けてくれた、それだけなんだから」
男は、チンピラの切り落とした腕から、拳銃を引き剥がすと、それを幸に預けた。
「父親を、助けたいんだろ」
ああ、この男には、もはや常識という物が通用しないんだと、幸は悟った。
しかし、既に一人殺害した後で、もはや自分には、看護婦になる夢も、お嫁さんになる夢も、きっと訪れないだろうと、少女は心に決めたのだった。
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