第3話 包丁を持つ手が

「立花さーん、居るんでしょ?、空けてくださいよ、借りたものは、返さないと、いけないんですよー」


 ドアの前に立ち止まった男は、ドアを数回蹴って、そう叫んだ。


 ああ、、、借金取りだ。

 こんな事は以前もあったが、今回のは明らかに柄が悪い。

 いわゆる町金だ。

 

 お父さん、とうとうこんな訳の分からない会社から借金までするなんて。

 

「娘さん、居るんでしょ?、ちょっと事務所まで一緒に行きましょうよ、お父さんが待っていますから!」


 そう言うと、借金取りは、再びドアを2回、激しく蹴り上げた。

 怖い。

 包丁を持つ手が震え、手は汗でびっしょりだ。


 ガチャガチャッと、今度はドアノブを捻り、ドアを開けようとするではないか。


 嫌だ!、怖い!


 幸の心は、もはや恐怖一色に染められていた。


 そして、鈍い金属音は、ドアの解放を意味する。

 古いドアノブは、予想外に脆かった。

 白いスーツに黒いシャツ、明らかに柄の悪い男が、幸を見下す。


「おい嬢ちゃん、、、一体、誰に刃物向けてんのか、解ってんのか?、ああ?」


 包丁を持つ幸の手が、あからさまに震えている。

 それを見たチンピラが、ますます声を荒げて叫ぶのだ。


「嬢ちゃん、わかってんだろうな!、あーあ、これはもう警察沙汰だな、何しろ刃物で脅されてるんだからな!」


 大人の男性に、今日は二度も怒鳴られた。

 それだけで、14歳の少女の精神には十二分な負荷がかかっていた。

 幸は、その状況から、一刻も早く解放されたい、とだけ考えるようになっていた。


 そして、後方の外階段には、再び誰かが上がってくる足音がする。


「ダメだよ、お父さん、逃げて!」


 幸は、その足音の正体が、父親だと思い、そう叫んでいた。

 自分の肩たたき券を売り飛ばした父親でも、幸にとってはただ一人の肉親だったのだから。


 しかし、その姿を見たチンピラは、恐れ慄いて幸のいる部屋に土足で入り込んでしまった。


「嫌、、、嫌!」


 幸は叫ぶと、思わず持っていた包丁で、チンピラの臀部を一刺ししてしまう。


「ああ、、、あああっ!、、私、どうして?」


 幸は、自分がしたことに、理解が及ばず、パニックに陥ってしまう。


 人を刺してしまった。

 生まれて初めて、人様を刃物で傷つけてしまったのだ。

 チンピラの言う通り、これは本当に警察に自首しなければならない、幸はそう思うと、たまらない気持ちになった。

 中学校へも、もう通う事が出来ない、いや、自分の人生は、この年齢にして人様を怪我させた前科者のレッテルを貼られ、これから生きて行かなければならない。

 牢屋に入ることになるのだろうか?、一体、自分はどうこのチンピラにお詫びをしなければならないのだろうか。

 それは、看護婦になりたい、という夢が、完全に崩れ落ちた瞬間でもあった。

 血の付いた包丁を持ったまま、幸はあらゆるものが怖くて、ただ震えた。

 目の前の事、自分の事、将来の事、、、、

 14歳の少女のキャパには、もはや入りきらない大きさの問題が、眼前に横たわっていた。


 そして幸は、更に自身の正気を保てないレベルの物を見てしまう。

 

 そこには、先ほど自分を助けてくれた、中東系の石油王のような男が、大きな剣を持って立っていたのだから。

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