第4話 依頼主 ストリ・真緒 様 ④
ポヨーン。
しばらくして、俺のスマホの通知が鳴った。
『まおりぬさんがライブを始めました——』
マジで配信をつけたらしい。
まさかダンジョン内で配信するとは……凄い行動力だ。
俺は恐る恐る、スマホでライブ配信を開く。
「みんな、久しぶり。って言っても、一昨日ぶりかな」『みんな、久しぶり。って言っても、一昨日ぶりかな』
現実とスマホで音声が被る。
俺は慌てて、スマホの音量を0にした。
「今日はみんなに伝えたいことがあって配信をつけたの。これはきっと”まおりぬ”の未来にも、そしてリスナーみんなの未来にも凄く重要なこと」
凄まじい速度で同接が増え、いつしか視聴者数は1万を超えた。
コメントの流れる速度も凄まじい。ギリギリ目で終えるレベルだ。
「あたしは一昨日、許されない発言をして大勢の人を不快にさせた。それで炎上して……正直もう配信活動をやめようって思った」
:え、まおりぬ引退⁉
:俺は知ってた
:謝罪ライブかと思ったら引退マ⁉
:てかどここれ?
:嘘だと言ってくれ・・・
:さっさと消えちまえクソアマ
「だからこの配信だって本来はなかったはずのもの。たった一人のリスナーの想いに応えるために、あたしは今みんなの前に立ってる。その人に言われなかったら、きっとあたしは事情も話さず逃げ出してたと思う。だからここからは、ありのままの”まおりぬ”としてみんなに伝えたい」
そう語ったまおりぬは、スマホを大きく引いて上半身を映した。
配信画面に映ったのは、偽装の施されていない平らな胸部だった。
「これが本来のあたし。巨乳配信者”まおりぬ”の正体は、胸パットを盛りに盛り込んだ、ただの貧乳女だったの」
:は?
:は?
:パット?
:は?
:は?
:マジかよ
:は?
:は?
:は?
:嘘だろ・・・
:は?
:は
:は?
:は?
:もはや詐欺だろ・・・
:は?
:こいつヤバ
:は?
:は?
彼女が真実を告白した瞬間、コメント欄の流れは更に加速した。
当然リスナーは困惑している。
「だから一昨日のあの発言も、結局は自分を棚に上げて言った最低最悪の発言だったし、これまでリスナーのみんなを騙して、配信をしてたことになる」
:俺のまおっぱいが・・・
:きもこいつ
:俺は知ってた
:よく配信つけれたな。すげぇわ
:〇ね
「多くの人を裏切る形になってごめん……。許してくれなんて言えるわけない……。だからせめて最後くらいは、今日まで応援してくれたみんなに正直にありたいと思った。嘘つき配信者”まおりぬ”として、正しく罰を受けられるように——」
:悲劇のヒロインぶってて草
:これは終わったな
:あーあー、しょーもな
:さいなら
:今までありがと、嘘つきさん
:てかこれ貧乳とかいうレベルじゃないだろwどんだけ盛ってたんだよw
:マジで〇ねよ。金返せ
:脂身バラ子しか勝たん
:もう二度と観ないわ。じゃあな
:最近好きで観てたけどこれはないわ
リスナーの反応は、概ね予想通りと言えた。
配信開始時点で1万人を超えていた同接は、みるみるうちに減っていき、今や3000を切っている。
チャンネル登録者の方はどうだろう。
気になって確認すれば、58万人だったはずの登録者は、一瞬にして56万人にまで減少していた。ページを更新するごとに、凄まじい数字変動が起こっている。
このペースだと、50万人を切るのも時間の問題だろう。
配信画面に戻る。
先ほどまでとは一変。コメント欄の流れがピタリと止まっていた。
同接は……まさかの230人。
さすがにここまで一気に減るとは思わなかった。
まおりぬは大丈夫だろうか……。
「あれ……おかしいな……。誰一人残らないって思ってたのに……」
必死に涙を堪えながら、スマホに向かって話続けているまおりぬ。
「まだ230人も観てくれてるや……。困ったな……もう話すことは大体伝え終わったんだけどな……」
231……229……232……231……。
同接の変動がほとんどなくなった。
ということはつまり——。
:俺はこれからもまおりぬを応援するよ
「……っ!」
久しぶりに、コメント欄が動いた。
届いたのは批判的なコメントではなく、まおりぬの背中を押す温かいコメント。それはゆっくりとしたペースで更新を続けていた。
:胸パットは正直ビビった。でも俺がまおりぬを推す理由は胸だけじゃない
:まあ、ちゃんと謝ったし。許してやってもいいんじゃん
:僕はまおりぬさんの顔が好きです
:また元気に配信してくれや。ワイはそれだけで満足や
:俺は知ってた
「みんな……どうして……」
さすがの彼女も堪えきれなかったのだろう。そんな温かいコメントを受け取ったまおりぬは、大粒の涙を流していた。俺も目頭がじーんとなる。
「……ごめん……あたしに泣く資格がないことはわかってるけど……ごめん……」
:泣いてるまおりぬ初めて見た
:尊すぎる・・・
:俺は一生お前についていく
:おい誰だ、俺の女神を泣かせたのは
:今日はこれでいいや
「ありがとう……みんなホントにありがとう……」
ひとまずは落ち着いて良かった。
でも、きっと大変なのはここからなんだと思う。
これから彼女は罪を償わなければならない。
一昨日の失言で、多くの人を傷つけたこと。胸を偽装しファンを騙したこと。生半可な誠意では、きっと世間は許しちゃくれないだろう。
「これからはありのままの姿で、みんなを楽しませられるように頑張るね」
全てを曝け出したここからが、踏ん張りどころ。
たった今彼女は、真の”まおりぬ”として生まれ変わったのだ。
:てかそこってダンジョンじゃね?
「あ、うん、そうそう。実はうちがダンジョン化しちゃって」
:うちもこの間ダンジョン化したわ
:ダンジョン化ってなんぞ?
:それ友達もなってた。家が汚すぎるとなるらしい
:家が汚すぎるとダンジョン化する
:え、てことはまおりぬって汚部屋の住人だったん?
「そう、なっちゃうね。みんなに嘘も吐くし、家も汚いしで最悪だよね」
:むしろあり
:俺は推せます
:生活力皆無のまおりぬ好き
:ダンジョン化するほどってかなりだなw
:俺は知ってた
「あはは、やっぱりあたしのリスナーは変態ばっかりだ」
:変態たすかる
:たすかる
:最高の誉め言葉をありがとう
:ちなみにダンジョンクリーナーは呼んだ?
「うん。ちょうど今作業をしてもらってるとこ」
ここで、今までスマホに向いていたまおりぬの視線が俺に向いた。
「そうだ。どうせなら仕事の様子をみんなにも見てもらおっかな」
「は……?」
「ゴミヤさん、だっけ。あんたの戦ってる姿配信に映してもいい?」
「い、いやいや……さすがにそれは——」
:見たい
:気になる
:見たい
:見たい
:戦闘マジか
:見たい
「マジかよ……」
「ね、みんなもこう言ってることだし」
まさか推しの配信に出演する日が来るとは……。
コメント欄の流れ的にも、断れる雰囲気じゃない。
「……わかった。その代わり、安全第一で頼む」
「やった。みんな、きっと今日は凄い配信になるよ。ダンジョンクリーナーって凄いの。向かってくるモンスターを次々となぎ倒してね」
:期待大
:モンスターをなぎ倒すマ⁉
:あの人がダンジョンクリーナー?
:なんでスーツ?
:普通にイケメンやん
:ポップコーン持ってくる
なぜわざわざ視聴者の期待を煽る……。
同接が減ったとはいえ、それでも200人以上の人が、今俺のことを見ている。こんな緊張を伴う現場は初めてだ。手汗でネクタイがぐしょぐしょだよ。
ゴゴー!
と、ダンジョンの奥から、禍々しい鳴き声が響いてきた。
どうやらモンスターがいるらしい。
しかもこの背筋がざわつく嫌な感じ……これまで戦った奴らとは訳が違う。
きっとダンジョンの核で間違いない。
「い、今の何……?」
「まおりぬは下がって」
俺は腕に巻いていたネクタイを剣にして構えた。
薄暗い視界に目を凝らせば、その奥で巨大な何かが猛スピードで移動しているのがわかった。そいつは壁や天井を走りながら、着実に俺たちの方に向かってきている。
「やっぱり居やがったか……」
「やっぱりって……?」
依頼の概要を聞いた時から、予想はしていた。
こいつがいるだけで、依頼の難易度は何倍にも跳ね上がる。並みのダンジョンクリーナーでは、太刀打ちすらままならないとされる強敵——。
「ダンジョンの王。クロゴキブリだ」
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