第5話 依頼主 ストリ・真緒 様 ⑤

 その黒光りしたフォルムは、多くの日本人を震撼させる。

 どうやら巨大化しても、ヤツが人に与える不快感は同じらしい。俺の背後で生配信していたまおりぬは、顔を真っ青にして腰を抜かした。


「ゴゴゴゴキブリッ……⁉ キモッ……! てかデカッ……!」


「どうやらあいつが、このダンジョンの核で間違いないっぽい」


 紫色に光る玉のようなものが、Gの額に埋め込まれている。

 あれがダンジョン因子で間違いない。

 それにしても、ここまで巨大なクロゴキブリは久しぶりだ。


「こ、こっちに向かって来てるしッ……‼」


 ビビり散らかしながらも、スマホだけは離さないその精神。

 さすがは人気配信者。肝が太い。


「ムリッ……! キモいッ……! 早く何とかしてッ……!」


「わかってる」


 俺は気張ってネクタイ剣を構えた。

 体長5メートルはあるというのに、動きは本来のGのそれだ。

 身体がデカいから遅いなんてことはない。

 むしろデカい分だけ動きが速い。

 その上……。


「くっ……なんて馬鹿力だ……」


 Gの強烈な突進を、俺はネクタイ剣の腹で受け止めた。

 自慢の革靴が、じりじりと音を立てて地面を擦っている。


 やはりこいつは、並みのモンスターとは訳が違う。

 何よりも厄介なのは、死角からの攻撃をも避けるその瞬発力だ。それでいて危険察知力と知能が高いので、考えなしに戦ってもこいつを倒すには至らない。


「これならどうだっ……!」


 大きく飛翔した俺は、Gの背中に向かって斬波を飛ばした。チリダニの脚を切り落とすだけの威力はあるこの斬波。だが、Gの硬い皮膚には通用しない。


 と、羽を広げたGは、宙を舞う俺に向かって突撃してきた。

 即座に体勢を立て直した俺は、ネクタイ剣の腹で思いっきりGを叩き落とす。


 砂ぼこりが舞った。

 斬撃がダメならその巨体に剣を突き立てるまで。槍のように構えた剣をG目掛けて振るったが、攻撃は当たらず。その瞬発力によって避けられてしまった。


「危ないッ……!」


「ぐっ……」


 着地したその瞬間を狙われ、俺はGの突進をもろに食らった。

 軽い痛みを覚えたのと同時に、俺の身体は弾かれたピンポン玉のように吹っ飛んだ。

 そのまま岩壁に一直線。

 普通なら即死だが、幸い俺にはこのスーツ紳士の羽衣がある。


「いてててっ……ったく、これだからGは」


 いくらデカくなっても、ちょろちょろうざいのは変わりない。


「だ、大丈夫……⁉」


「ああ、何も問題ない。軽い痛み程度だから」


「軽い痛み……?」


 とはいえ、これでは埒が明かない。

 シレイ社長には極力抑えるように言われているが、クロゴキブリ相手なら文句も言われないだろう。

 もしダンジョンごと家が吹っ飛んだら……その時はその時だ。


「あんたの家、吹っ飛ばしたらすまん」


「えっ……?」


 俺は一言断りを入れて、ネクタイ剣を構えた。


 ダンジョンクリーナーとは、ダンジョン化のトラブルを解消するために存在する専門業者だ。その肉体は、人間のそれとは訳が違う。


 ダンジョン因子によって巨大化したモンスターたちと戦うため、ダンジョン因子によって強化された俺たちの肉体能力は、人間の常識を大きく超える。


 それはいわゆる、魔法使いのそれと同じだ。

 魔法の元となる魔力と、それを吐き出す杖があるように。俺たちダンジョンクリーナーには、力の源であるダンジョン因子と、それを吐き出す為の武器がある。


 普段は一定の力を武器に流し、モンスターと戦っているが、こうした不測の事態に限り、力の流れを一時的に開放する場合がある。


「ふぅぅ……」


 まるで身体の中にある蛇口をゆっくりと捻るように、俺は構えたネクタイ剣に力を込めた。そして、お決まりの台詞を呟く。


「”リミットブレイク”」


 そう呟いた直後、ネクタイ剣はその刀身を瞬く間に巨大化させた。水玉模様だったネクタイは、漆黒の光を放つ魔剣へと変化し、ダンジョン全体を黒く照らす。


 ガサガサと走り回っていたクロゴキブリは、ピタリとその足を止めた。かと思ったら、逃げ場を求めて更に激しくダンジョン内を駆け回る。


 だが、そんなことをしても無駄。

 なぜなら俺よりも前に、逃げ場なんて存在しないから。

 今俺の視界に映っている全てが、この斬撃の効果範囲なのだ。


「俺たちの社名をしかとその魂に刻め——」


 株式会社ブラックデストロイクリーナー。

 それが黒の紳士服に身を包む、業界ナンバーワン(予定)の社名だ。


「じゃあな、太郎」


 最後の抵抗か、宙を飛んでこちらに向かって来ていたクロゴキブリ。俺は一切の慈悲を与えず、向かってくる巨体に向けて魔剣を振り下ろした。


 ドドーン。激しい音と衝撃波。

 それを正面で受けたクロゴキブリは、跡形もなく消し炭となった。


 ダンジョン因子が絶たれたことで、ダンジョン化していた部屋はみるみるうちにその形を変える。視界が歪むように現れたのは、本来あるべき一室だった。


「ふぅぅ、ようやく終わった」


 まさかリミットブレイクまで使うことになるとは。

 ひとまず部屋は無事なようだ。

 力を抑えたのは正解だったな。


 俺は武器にしていたネクタイを襟元に巻いた。

 振り向くと、何やらまおりぬは大口を開けて固まっていた。


「これで依頼は完了したから。請求書は日を改めて自宅に——」


「い、いやいやいや……! 何普通にシメようとしてるし……!」


「ん?」


「最後のアレ何⁉ もわぁーって黒く光ったかと思ったらドドーン! って!」


「ああ、あれは緊急処置みたいなもんだ。気にするな」


「気になって仕方がないわよ! あたしも、あたしのリスナーも!」


「リスナー?」


 そういえば、今の戦いをライブ配信してたんだった。

 目の前のクロゴキブリに夢中ですっかり忘れていた。


「みんなの反応はどうよ。少しは楽しんでもらえたか?」


「少しどころじゃないわよ……! 今すぐあたしの配信つけろッ……!」


 語気が強い。なんで怒られなきゃならん。

 さては退屈すぎてコメント欄が荒れてるとか。だとしたら最悪だ。そんなことを思いながら、俺はスマホで配信を立ち上げた。のだが……。


「ど、同接2万4千……⁉」


 ついさっきまでは230前後だったはずなのに……。

 一体絶対どうなってるんだ……?


「ま、まおりぬ、これって……」


「そりゃあこれだけ派手にやれば、ね……」


 それに、とまおりぬは続ける。


「リスナーいわく、あんたの戦いがSNSで拡散されてるみたい」


「んなアホな……」


 言われてすぐに、卍(旧トゥイッター)を開く。

 すると国内トレンドの一番上にあったのは——。


 #ダンジョンクリーナー


 本来あるはずのない、マイナーな職業名だった。

 ハッシュタグをタップすれば、そこにはまおりぬの配信の切り抜きが。俺がクロゴキブリと戦う映像を、多くの人がコメント付きで投稿していた。


 しかもだ。


「”漆黒の剣士”ってなんだよ……」


「多分だけどあんたのことよ……」


 トレンド2位は、まさかの#漆黒の剣士。アニメか何かの事かと思いきや、それをタップして出てくるのは、やはり俺とクロゴキブリの戦闘動画だった。


 ちなみにトレンド3位は#まおりぬ復活。

 もはや色々起こり過ぎて意味がわからん。


「ねぇ、多分なんだけどさ。あたしら今……」


 やがてまおりぬは、信じられない物を目にしたような顔で言った。


「めちゃくちゃバズってる」

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