第1章 不思議の国に迷い込んだおじさん⑦

 気を取り直して再度阿部さんに尋ねる。


「【溶解の沼】ダンジョンではどんな魔法を使うスライムが出るのですか?」

「キュアスライムとポイズンスライムの二種類が確認されています。」


 ほう。


「キュアスライムは回復魔法を使って仲間を回復します。ポイズンスライムは毒の霧を出してきます。ですので、キュアスライムの核を取り込めば、回復魔法を使うことが出来ますし、ポイズンスライムの核を取り込めば毒の霧と毒耐性が付くようになります。」


 なるほどね。回復と毒か。直接的な魔法ではないのが少し残念だな。


「炎魔法とか水魔法を使うモンスターは出てこないんですか?」

「そういうモンスターは山田さんが実績を積んでから入ることが出来るダンジョンにいます。確かに炎魔法や水魔法のような攻撃力のある魔法が使えるのが一番なんですけどね。」


 そう上手くはことは運ばないよね。


「分かりました。では、まずスライムダンジョンで魔法を覚えるのが私のとりあえずの目標ですね。」

「えぇ。その後、ゴブリンダンジョンを攻略するのが良いかと思います。」

「ありがとうございます。相談に乗ってもらって助かりました。なんとか光明を見い出せた気がします。」


 俺は阿部さんにお礼を言った。


「それが良いと思います。でもくれぐれも無茶はしないようにしてくださいね。少しずつ初級ダンジョンを攻略して行ったら、実績が付きますし、パーティを組んでくれる人が出てきてくれるかもしれません。」

「ハハハ。そういう奇特な人が現れてくれると良いですけどね。」


 話も終わった頃食後のデザートとコーヒーが出てきてまったりしていると、


 そう言えば、と言って彼女が俺の目を見て


「山田さんはどうして冒険者になろうとしたんですか?」


 と阿部さんに尋ねられた。


 ついにその質問が来てしまったか。そりゃアラフォーおじさんが急に冒険者になりたいなんて言ったら、どんな理由か気になるよね。


 どこまで話そうか…。転移したなんて信じてもらえるわけがないので、


「実は、私記憶喪失なんです。」


 とりあえず齟齬が出ないよう少し脚色しながら差し障りない範囲で話すことにする。


「え?」

「自分の名前以外は全て忘れていて他のことが思い出せないんです。警察や市役所で自分のことを調べてもらったんですけど、どこにも登録がされていなくて…。なので家族がいたのかもどこで住んでいたのかも分からずじまいなんです。」


 これはホント。阿部さんが絶句している。


「それで色々あって新しく人生をやり直すと決めた時に、ふと目に入った冒険者という職業に心惹かれて、冒険者を始めたというわけなんです。」


 ざっくりと経緯をお話する。


「そうだったんですか。大変でしたね。」


 阿部さんが心配そうに言う。


「そうですね。戸籍がなかったので、警察、役場、弁護士さんなど色々な方にお世話になって新たに作ってもらったり、そこからどんな仕事をするかを決めるまでが大変でした。今は冒険者と言う仕事にやり甲斐を感じてとても充実してますよ。」


 冒険者になる前はなかなか手続きが進まなくて大変だったのを思い出した。こころなしか阿部さんがうるうるしている。


「山田さん、もし分からないことがあれば私に何でも聞いて下さいね。お手伝い出来ることがあればサポートしますので。」


 何か阿部さんの琴線に響いたのだろうか。とても親身になってくれている。


「ありがとうございます。身寄りもないので不安なこともありましたけど、阿部さんのその言葉でとても安心しました。頼りにさせてくださいね。」

「始めはいたずら半分か冷やかしで冒険者になりにきたのかと思ってました。ごめんなさい。」


 当然だろう。俺がもしギルド職員なら、今更来てナニするつもりだ、って思うしね。


「いえいえ。普通はこの年で冒険者になろうだなんて誰も思いませんからね。」

「でも毎日マジメにクエストをこなしているので、この人は本気で冒険者になろうとしているのかなと思ったんです。なので断然応援します。」


 今までの阿部さんとは全然違う気の入りよう。少しは仲良くなれたのかもしれないと思うと嬉しくなった。


「期待に応えられるようにがんばりますね。またランチ誘っても良いですか?今度は阿部さんの話を聞かせてください。」

「えぇ是非。」


 また次回の約束を取り付けてランチはお開きとなった。


「それではまたギルドで。」


 名残惜しかったが阿部さんと別れて、俺はネットカフェへ行くことにした。今度はネットの海で情報収集しようと考えたのだ。スマホでは情報収集がしにくいからね。


 今の俺は鉄級アイアン冒険者。ひよっこもひよっこ。た金級ゴールドになるには銅級ブロンズ銀級シルバーを経てなるため、道のりは険しそうだ。金級だと一目置かれるのは相当の壁だからなのだろう。


 その上、更に白金級プラチナ、そして最上級の黒級ブラックがあるらしい。まるでクレジットカードみたいだ。


 言わずもがな冒険者証も級と同じ色をしていて、買い物に使えるデビットカードの役割を果たしている。今まで級によって色々なお店で割引があったりするようだ。実績を上げて金級になりたいな。


 そしてちらっと動画投稿サイトを見てみたが、ダンジョン実況している冒険者もいるようだ。投げ銭や再生数でかなり稼いでいるっぽい。でもそんな気がしていた。前の世界でゲーム実況者がいたのだから、こちらの世界でもダンジョンの実況をする人間もいるだろうと。


 ただ、生死がかかっている状況でよく実況できるなというのが、冒険者をやってみた俺の感想かな。ソロだからそんな余裕がないのが本音と言ったところだけど、オジサンじゃ撮れ高なさすぎでしょ。


 まぁ、余裕のない俺が実況することはないが、戦いの参考になるだろうし今後はしっかり人気冒険者をチェックしていこうと思う。これまで時間的・精神的余裕がなくて動画なんて見ることが出来なかったからね。


 早く自分の拠点を作って、生活環境を整えたい。いつになったら宿から抜け出せるだろうか。そんなことを思って俺は宿に戻った。


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