第1章 不思議の国に迷い込んだおじさん⑤

 「コアの買い取りお願いします。」


 今日はクエストを受けたわけではないので、倒したゴブリンの核を買い取ってもらうだけだ。


「お疲れ様でした。確認致します。少々お待ち下さい。」


 受付嬢がそう言って確認してくれる。


「確認が終わりました。冒険者証をお願いします。山田さん、初ダンジョンはどうでしたか?」


 受付嬢に問われ、冒険者証をかざしながら、


「始めはやっぱり緊張しましたけど、スライム退治のおかげでモンスターには慣れてたので、落ち着いて進めました。今日は二階層まで行ってきました。」


 と応えた。


「え?もう二階層まで行かれたのですか?お一人ですよね?」

「えぇ。一人です。」


 かなりビックリした様子の受付嬢。そんなに驚くことだろうか。


「お一人でダンジョンに行かれる方は少ないですし、山田さんのように年齢がある程度いった方だともっと珍しいので…。」

「そうでしたか。」

「それに二階層以降は複数で出てきますし飛び道具を使う相手も出てきたりして手強くなるようです。山田さんも安全マージンを取りながら、じっくりゆっくり進んでくださいね。」

「ありがとうございます。気をつけます。」


 受付嬢とこんなにおしゃべり出来る様になるなんて。もしかして鉄級アイアン冒険者になったからか。今までは冷やかしだと思われていたのかもしれない。


 ギルドを出て、今日の実績を確認する。スマホの冒険者アプリにはこれまでの実績が連携されているのだ。


「今日の稼ぎはと、」


 スマホを見ると、今日のクエストのお金が振り込まれていた。五千五百円だった。


 一匹あたり三百円でそこからスクーターのレンタル代が引かれている。


「全然まだまだだな。」


 初級ダンジョンで稼ぐのは難しいみたいだ。強くなっていろんなモンスターを倒せるようになれば稼げるようになるはず。今は頑張り時だ。


「とりあえず飯でも食うか。」


 いつもの行きつけの食事処へ行くことにした。と言ってもギルドのすぐ隣の建物だ。ギルドと連結通路で繋がっているので、外に出ずにそのまま食事をすることが出来る。情報収集する場所としても食事を取ったり酒を飲んだり食事処兼酒場としても賑わっている。通称、ギルド亭。


 まぁ、それは置いといて。腹が減っては戦が出来ぬ。ご飯を食べよう。


 今日は平日だからかそこまで混んでないが、冒険者たちで賑わっている。


「今日の予算は千五百円までだな。」


 お金に余裕がないためご飯代もシビアなのだ。


 知り合いが一人もいない俺は、邪魔しないように目立たず隅の方に席を取る。


「お待ちどおさま。」


 看板娘がカロリーたっぷりの肉定食と水を持ってきてくれた。


「おじさん、最近よく見るけど一人なの?」

「あぁ。ソロでやってる。」

「ふぅん。ま、頑張ってね。」


 傍から見たらおじさんが一人で冒険者やってるなんて、おかしいもんな。気になったのだろう。


 店の中央では若い冒険者パーティが楽しそうに話をしている。四人組のパーティだ。いかにもな格好をしているので、誰が剣士で誰が魔法使いなのかみたいなのがすぐ分かる。彼らは役割分担が出来ているのだろうな。


「良いなぁ。」


 思わずポロリと口から出てしまった。一ヶ月も一人でいるからか寂しくなってしまったのだろうか。とは言え、人間関係の大変さは会社員生活でじっくり身に沁みてる。気のおけない仲間とじゃないと組む気にはならないかな。


 まだまだ新参者なので彼らの会話はとても新鮮で参考になる。聞き耳を立てながら食事を取り、カロリー摂取に励んだ。


 そして腹を満たした後は安宿に戻るだけだ。裏の通りには大人のお店もある。冒険者がよく寄っているのを見かける。俺は宿に帰るけどな。


 食事処を出て少し歩くと、


「お兄さん、今日どう?寄ってかない?」


 若い娘が声をかけてくる。


 冒険者という職業は言ってみれば暴力の仕事だ。ギラギラした後は発散させないといけないのは分かるよな。需要と供給がここでは成り立っているのだ。


 賢者の俺は暫くは大丈夫だが、またいつ溜まるか分からない。


「いや、大丈夫だ。また機会があったらね。」

「そう。」


 俺に袖にされた娘はまた近くを歩いている別の冒険者に声をかけていた。


 拠点にしている宿に戻り、疲れた身体に鞭打ってシャワーを浴びることにする。服を脱ぐと筋肉がそこそこ着いたおじさんの身体が鏡に映った。素泊まり三千円の宿だがシャワーは付いているのだ。


「だいぶ身体が絞れてきたなぁ。」


 あっちの世界で蓄えたお腹の浮き輪がこの一ヶ月で殆どなくなり、肩周りに筋肉が着いてきて、だんだん引き締まってきたのが分かる。


 これはかなりモチベーションになる。身体のキレも良くなってきたし、冒険者やって良かったとしみじみ思う。ただ、そうは言ってもアラフォーの身体だ。スタミナがまだ戻っていない。二〇代のようにはいかないのがホントのところ。


「それにいい加減休みを取らないとな。」


 ここ一ヶ月頑張り時だと思って、ずっと身体を酷使してきた。知らず知らずのうちに疲労は溜まっていることだろう。そろそろしっかりとした休養を取らないと、身体がバテてしまいそうだ。


「若返りの薬とかあればなぁ。エリクサーとかソーマとかそういうアイテムがダンジョンに落ちてたりしないのかなぁ。」


 ゲームや小説にしか出てこない存在を夢見ながら、俺は自分の引き締まってきた身体に満足してベッドに潜り込んだ。


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