旅立たない討伐作戦 ③

 私がソティルの言葉に疑念を抱いていると、ソティルはテーブルの上に手を出した。

 すると、ソティルの手の中に、青白い発光と共に昨晩見た紙コップが現れた。確か、糸なし糸電話とか言ってたけど……昨日のものは白色だったけど、今回の紙コップは黒色になっていた。ソティルはその黒色のコップをテーブルの上に置いた。

「これってあなたのデュナミスでしょ?」

「そうよ。これが二つ目のポイント。まあ、ちょっと待ってて……」

 ソティルは言うと、口元に人差し指を立てた。静かにしろということらしい。私は黙って紙コップに注視した。静寂が部屋を満たしていた時、


『まったく、あの子は!』


 不意に、コップから大声が飛び出してきた。

 私は思わず、椅子から転がり落ちそうになった。ソティルはというと、まるで察していたかのように、目を細めて両手で耳を塞いでいる。

『国の王女であり勇者だというのに、自分の立場を何だと思ってるんでしょう! 私をこんなところに飛ばして! 何度目ですか、もうッ!』

 叫び声はどうやらピラント女王らしかった。昨日ソティルが、避暑地の別荘に飛ばしたらしいけど……。

 私が混乱していると、ソティルがテーブルの上のカップをひっくり返し、口部分を下にして置き直した。すると、大音量のピラント女王の声がパタッと止んだ。

「いやー、いつのもの事だけど、これは帰ってきた時怖いわね。何かしら機嫌取る策も用意しておかないと」

 呑気な口調でソティルはそんなことを言った。

「これ、何?」

 私は紙コップを指さしつつ問うた。

「これは、昨日見せたデュナミスの派生型ってところね」

「派生型?」

「私のデュナミスは、遠く離れた場所の人と話をするのが基本能力なんだけど、例えば、相手に見えない形で、任意の場所にこの紙コップを作り出せるの。そして、その場の会話を盗み聞きできる。いわゆる盗聴ね」

「と、盗聴?」

 聞いたことがない言葉だった。

「それ以外にも、通話の際に声を変えたり、映像の撮影と投影といったパターンもあるわ。今のところ、白、黒、赤、青、黄の5種。全部に共通して記録機能もあるし、私の魔力がつきない限り、同時にいくつも展開できるのは確認済み」

「は、はぁ……」

 所々知らない言葉を出されたせいで、私は理解が追いつかなかった。

「確かに便利そうだけど……結局、どういうこと?」

「つまり、私のデュナミスを使って魔王軍の情報を収集するのよ」

 ソティルは何処か楽しげに、口元の端を上げた。

「魔王軍の情報って、つまり敵の動きってこと?」

「そう。この盗聴タイプのデュナミスは、例え私の知らない場所であっても、私の望む場所に展開できる。誰の側とか、どんなところかとか、抽象的な要求でも成立するの。例え、魔王軍の本拠地が何処にあるか分からなくとも問題がない。これで敵陣にデュナミスを展開して、進軍ルートだけでなく、人員の構成、運が良ければ、魔王の幹部といった敵の主戦力の弱点も収集できる」

 望む場所に展開って……確かにそれは強力だ。

 つまり、盗み聞きしたい相手をイメージすれば、その相手の会話を筒抜けにできるということ。それは、魔王自身の情報を盗めることも意味する。使いようによっては、もしかしたらどんな魔法よりも、強力な武器になるのではないか。

「加えて、この力を魔法騎士団にも提供する」

「提供って……この黒いやつを?」

「使うのは白の方ね。今の私たちの情報連絡手段は、伝書鳩や馬を使っての伝令だけでしょ? 飛行魔法を使える騎士もいるけど、戦力的に貴重なせいで伝令の役目には使えない。でも私のデュナミスなら、そういった情報伝達事情を、大きく変えることができる」

 その言葉に、私は昨日のことを思い出していた。

 橋が流されていたため到着が遅れるといった報告が出来ず、結局約束の日のギリギリに到着するハメになったこと。あのとき、せめて報告が出来ていたらと泣きそうになりながら必死に走っていた……。

「瞬時に遠くの人と話せるなんて……確かに夢の機能ね」

 私はつい素直な感想をこぼしてしまった。その言葉に、ソティルがにっこりと微笑み返してくる。こいつ、顔が良すぎるせいで眩しすぎるんだけど。私は気恥ずかしさを悟られないように、あえてソティルのことを正面から見返してやった。

「もし、そのデュナミスを隊に活かせば、増援や補給もより円滑にできる」

「そう。自軍の運営が格段に取りやすくなるし、何よりも敵地に盗聴器と監視の目を仕掛けるわけだから、こっちは相手の動きに先んじて動けるようになる。つまり」

「土地の魔力の積極的な運用も可能になる、ってことね」

 私はソティルの言葉を取るようにそう言った。

決め台詞を奪われたからか、ソティルが口を尖らせて、不服そうな顔をした。

ふふ、してやったり。

「まあ、そういうこと。相手の動きに合わせて、あらかじめ魔法陣を仕掛けることができれば、魔方陣を無駄にすることないし、戦闘を有利に進めることだってできる。戦力差を確実に埋めて、対等な戦いができる。そのために情報収集班と、それを元に作戦を立案して指令を出す班をつくることにしたの」

「その為に塔の建て増ししたのね……」

 私はソティルの案に内心圧倒されていた。勿論、彼女の特異なデュナミスがあってこその発想だけど……昨日の私の戯れ言からここまで発想した思考の瞬発力。そして一晩で実行するだけの準備を開始してしまった行動力。

 私はソティルのその力に、予言の内容が頭をよぎった。

 旅立ちの日が過ぎたことで、ソティルが〈勇者〉ではないとうことが分かり、私は心の隅で安堵していた。でも、このソティルの計画と行動力には、魔王軍に対抗しうる力を感じてしまっている。

 もし、ソティルが本当に〈勇者〉なのだとしたら、私は……。

「さて、今まで話したのが作戦の手段。魔王を王都に誘い込んで倒す為のね」

 私の思考を遮るように、ソティルが言った。

「……本気で言ってる?」

 私が動揺を隠しつつ彼女に問い返すと、

「勿論よ」

 ソティルは椅子から立ち上がり、胸を張って宣言した。

「これが唯一にして、もっとも勝てる可能性のある方法。確かに、王都で戦うのはリスクがある。だけど、ここが最も土地の魔力が充実しているから、勝つ可能性が一番高い。一気に頭を叩いて戦争に決着をつける。あなたのアイディア通りに」

 あまりの内容に、私は開いた口が塞がらなかった。

 まさか思いつきで言った言葉が、こんな事態になるとは……。

「王都で魔王を倒す……考えたこともなかった」

「でも、それがベスト。魔王を誘い込んで倒してしまえば、魔王軍は瓦解するし、戦いも終わる」

「だけど、そもそもどうやって魔王を呼び出すのよ? 招待状でも送るの?」

「お、ちょっと近い。さすがね、スピラ」

 ケラケラ笑うソティル。こんなことで褒められても嬉しくない。

「勿体ぶらず、さっさと言って」

「そうね……じゃあ、最後の三つ目のポイント。前から気になってたことがあってね。魔王軍の侵攻スピードやルートがおかしいって」

「おかしい?」

「戦力的に有利なら、さっさとこのレオーンに攻め込まないのおかしいでしょ? それに魔王軍の侵攻ルートを見ていると、たまに戦闘の要所を攻めてない時があったのよ。だから何か別の目的があるのかもしれないって」

 それは知らなかった話だった。魔王軍による被害の話は、私の住んでいた町にも当然流れてきたが、相手の侵攻の意図まで考えたことはなかった。

「確かなの?」

「可能性は十分。調べた限り、戦闘の要所以外の場所は、千年前に勇者と魔王軍が戦った場所という共通項があったの」

「千年前に戦った場所……」

 たしかに、そう言われている場所や戦闘で破壊されたらしい建物が、遺跡みたいになっている場所もあったはずだけど……。

「私のデュナミスで現場の様子を調べてみたら、明らかに遺跡を荒らした痕跡があった」

「現場の様子? 調べてたって、本当に?」

 まるで実際に見てきたように語るソティルに、私は疑問というよりも不信感を抱いた。しかし、ソティルは自信満々な表情を崩さなかった。

「さっき少し言った〈映像〉ってやつよ。機会があれば見せるけど……まあ、離れた場所の様子が見える、千里眼みたいなイメージね」

 わかったような……いや、わかんない。私の理解を余所に、ソティルは話を続けた。

「そして、魔王軍に荒らされていない、戦闘があったといわれる残る場所が、まだ一つ残ってるの。次に魔王軍が、そこを襲ってくる可能性は高い。まあ、もし襲ってこないなら、捜し物はもう終わっちゃったということで、この作戦は成り立たないんだけど。そしたらレオーンに攻めてくるかもね」

「その勇者の戦いがあった場所は、何処なの?」

「オルニスっていう小さな村のある場所。千年以上前の遺跡もあるらしいけど、襲撃場所の中では、一番レオーンに近いわね。魔王は何かを探してる。それを先に確保して餌にできれば、レオーンにうまく誘い込めるかもしれない」

 餌か……推測の話ではあるけど、そうだとしたら魔王軍に対して主導権を得られそうな話ではある。

「なら、先に調べないと」

「その通り。任せたわよ、助手君」

「は?」

 助手だって? 何言ってんのこの子。

「意味わからないんだけど……」

「だって私、この塔から出られないし。私のデュナミスでも、さすがに細かい探索とかはできないからね。現地に行ってくれる人が欲しいのよ」

「……それを私にやれと?」

「だってスピラ、〈勇者〉の仲間でしょ?」

 ここ一番の笑顔で、ソティルは告げてきた。仲間というか、完全に部下でしょそれ。というか使いっ走りである。冗談じゃない。

「だったら、騎士の誰かに頼めばいいでしょ。王女でしょ、あなた」

「騎士団を動かす権限は持ってないのよ、私。必要なかったから、護衛も全員任を解いちゃったし、自由に動かせるコマ……信頼できる人がいないのよ」

「聞き漏らしてないからな!」

 誰がコマだ誰が。というか、私の目的は魔王を倒してチヤホヤされることだったはずなのに、このままだと〈勇者〉であるソティルの下働きになりそうだ。

「まあ、当面の計画としては、魔王軍の情報収集が第一ね。情報班用の人材集めも必要。他にもやらないといけないけど、まずはすぐに出来るタスクからこなしていきましょう」

 こいつ、私の反応を無視して勝手に話を進めようとしている……。

 確かにソティルの計画は魅力的だ。

だけど、このままだと私の当初の目的が遠のいていきそうだ。というか、そもそも気になることがある。

「一つだけいい?」

「ん、なに?」

「あなたの王軍との戦い方の案は分かったけど、そもそも今までそういった戦い自体に興味がなかったわけでしょ? 何で急に戦おうって思ったわけ?」

 私の問いに、梨里が目を丸くした。

 彼女はできることを示しただけで、なんでやろうとしたのか話してくれていない。

 できるからやる、というのも考えられるけど、相手は魔王軍との戦いだ。そんな簡単な理由は考えづらい。仮に、ソティルの話した作戦が完璧だとしても、命がけの戦闘に変わりない。魔王討伐より本を読んでいたいと公言していたぐらいだ。宗旨替えの要因ぐらいは知りたい。すると、ソティルが口元に悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「そうね……しいて言うなら……楽しそうだからじゃない?」

「おい、コラ」

「だって、今まで一方的にやられていた状況を、一変させるチャンスなのよ? そんなの挑戦してみたくなるのに決まってるじゃない」

 ソティルは強く断言した。その言葉に嘘はなさそうだけど……個人的にはまだ腑に落ちない。さて、どうしたものか……。

 ソティルの作戦だと、どうも私は彼女の仲間であり、下手すると雑用に終始しそうな予感はある。それに、その作戦が成果を上げたとして、賞賛されるのはあくまでソティルな気もする……。

 よし。ここは何とか反論して、案を撤回させるしかない。

「えーと……けど、これって王都を巻き込む大きな作戦よね? こんな大きな計画をアリストス王に相談しなくていいの?」

 私の捻りだした問題点に、痛いところを突かれたのか、ソティルがバツの悪そうな顔になった。

「まあ、それはおいおい……お父様、今は騎士団を率いて遠征中だし、仕方ないというか」

 アリストス王は、エクセリクの王でありながら、優秀な魔法騎士であった。

 魔王軍との大規模な戦闘の際には、自らが戦場に立ち、重要な戦力の一人として戦っている。アリストス王の実力は、エクセリク国が何とか魔王軍との戦線を維持できている要因にすらなっていた。その苛烈な戦いぶりから、他国からは鬼王と呼ばれていたりする。謁見したことはないが、その風貌も威圧感たっぷりらしい。

 この子、母親にはあんな感じなのに、父親には遠慮がちなのだろうか……これは良い弱点を見つけたぞ。

「勝手に進めるのはさすがにマズイんじゃない? 計画内容的に、大勢の人を巻き込むことになりそうだし」

 私は澄ました顔で、ソティルを牽制した。

「でも、お父様いつ帰ってくるか分からないからなぁ……」

 ソティルが腕を組み、困った顔で考え始めた時だった。

「ソティルはいるか!」

 突然、上階の方から怒声のような声が振ってきた。

「な、なに!?」

 私が慌てて椅子から立ち上がった。

「……帰ってきちゃったか」

 苦々しい顔で、ソティルが呟いた。

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