旅立たない討伐作戦 ②

 キッチンとダイニングのある五階(元は二階)まで転移魔法で移動すると、ソティルは手際よく二人分のパスタとサラダを作ってしまった。なんで一国の王女なのにこんなに家庭的なのかホント謎だ。まあ、私もこんなメニューなら簡単に作れるけど……うん。

 お昼ご飯を食べ終わると、ソティルが何処か楽しげな口調で言った。

「昨日も言ったけど、魔王を討伐することにしたの。しかも、この塔から一歩も外に出ずにね」

「どうやってって聞きたいところだけど……その前になんで急に? 自分に封印魔法かけちゃうぐらい嫌がってたでしょ?」

 私はソティルの入れた食後の紅茶を飲みつつ、疑念を隠さずぶつけた。最初と言ってることが百八十度違いすぎる。いくら何でも宗旨替えが唐突だ。

「魔王討伐の旅ってのは、千年前の勇者が辿った道ではあるけど、私には出来ないって分かってたからね。だからやりたくなかったの」

「できないって?」

「残ってる文献などから察するに、かつての勇者は、私たちとは比べものにならないぐらい強かったか、ないしは潜在能力が高かった。だからこそ、旅を通してレベルアップもできたし、魔王討伐を成し遂げたんだと思う。でも、私の魔法力やデュナミスじゃ、旅に出ても経験値が増えるどころか、無駄死にするだけと思ったの。私には、個人の力で魔王軍を圧倒する力だけの力も潜在力もない」

「でも、道中で力に目覚めるとかは? そういう伝説って聞いたことあるけど」

「あるか分からないそんなギャンブルに、自分の命をかけられないわ。冒険はしない主義なの」

 冒険してみないと得られないものもあると思うけどなぁ……。

 私は余計な口を挟まずに、ソティルの話に耳を傾けた。

「だから全力で拒否したし、魔王にも魔族にも勝つ手段はないと思い込んでいたの。でも、昨日のあなたの言葉で勝つ道筋が見つかった。だからやる気になった」

「私の?」

「魔王をここに連れてくるっていたでしょ?」

「言ったけど……あんなの冗談よ」

 昨日のことは覚えてるけど、あんなのは、ものの弾みで言ったことだ。

 実際に、魔王をここに連れてくるなど不可能だろう。

 魔王軍の侵攻が進めば、いつかはそうなるかもしれないけど。そうなった時は多分末期で、戦うどころではないかもしれない。すると、ソティルが不適に笑った。

「けれど、それが良いヒントになった。ポイントは三つよ」

 ソティルは言うと、私の方に手を見せ、指を三本立てた。

「三つ?」

「まずは一つ目。昨日も話したけど、人類と魔族の一番の差はなに?」

「身体能力。特に魔力量でしょ。人間の三倍以上の魔力量が、戦力の大きな差」

「正解。だから、魔族の一人当たりの戦力は、ざっくり人間の約三倍と考えられる。 魔力を戦力の基準とした場合、魔族一人を倒す為に、人間側は三人以上の数が必要になる。人類側の数的優位性は、さらに戦況が長引いた結果、その優位性すら失った。この問題を解決するには、人間側も戦力を今の三倍以上にするしかない」

「不可能ね」

 無茶な話だ。それは、個々の魔法力を鍛えて一人一人の戦力を三倍にするとか、単純に人員を三倍にするということだ。でも、魔王軍の侵攻は差し迫ったものになっているため、じっくりと訓練や修行といったものをしている時間はないし、人員確保もすぐに達成できることじゃない。だからこそ圧倒的な戦力差を覆す勇者が、世間では求められている。

 そんな私の思考を察したのか、ソティルが小さく頷いた。

「この状況下で、個々の騎士の質の向上や増援を得るのは無理。でも一つだけ、限定的ではあるけど、手持ちのカードでも勝てる手段がある。戦術レベルを変えるのではなく、戦略を変えるのよ」

「戦略?」

「端的に言えば、地の利を活かすように戦うことね。つまり、防衛戦や攻城戦、さらに伏兵戦に特化した戦い方をする。待ちの戦い方に特化するの」

 ソティルは確信を持って言い放った。私はいまいち言葉の意味が飲み込めずに首を捻った。そんなことで戦力差を埋められるのだろうか。

「ごめん、どういうこと?」

「戦闘において、例えば防衛戦なら防衛側の方が有利なのは分かるでしょ? しっかり陣を取り、強固な守りをつくれる上に、兵站も確保できる。一般的に防衛戦において、攻める側は防衛側の三倍の戦力、攻城戦なら五倍の戦力が必要って言われている。つまり、意図して防衛戦を仕掛けて、その局面でのみ勝負していけば、有利な状況をつくって戦力差を埋められるってこと」

「それで魔力差三倍を埋めるってこと? その話って、あくまで人間対人間の構図でしょ? 魔族との戦いは、単純な算数の問題じゃないと思うけど……」

「陣地の確保や陣形を取っての効果的な攻撃手段や防御手段をとれば、魔族相手でも一般的な遭遇戦よりも遙かに勝つ確率が高くなるわ。それに地の利を活かすということの意味は、言葉通りの意味でもある」

「言葉通り?」

「これよ」

 ソティルは言いつつ、テーブルの頭上にあるランプを指さした。今は灯りがついていないランプを見て、ようやくソティルの意図が分かった。

「なるほど……土地の魔力を使うってことね」

 街灯やこのランプを灯しているのは土地の魔力だ。魔力を持つのは人間だけなく、他の生物や土地そのものも魔力を持っている。この資源の有効活用法として、昨今は織物機械の動力にも土地の魔力が使われていたりする。

 私の答えにソティルが頷いた。

「そういうこと。人の魔力に、土地の持つ魔力を上乗せすれば、魔法力の大きな底上げができる。これで魔族との戦力差を埋められるわ」

たしかにソティルの言うとおり、魔方陣経由で土地の魔力を人間が活用することは可能だ。土地の魔力は、その土地の魔力が豊かであれば、街一つの生活を支えて有り余るほどになる。人間一人の魔力量に比べれば、無尽蔵といっても過言ではない。それを魔法騎士に活かせば、魔王軍との戦いにも活路が見出せるだろう。けれど、

「却下ね」

 私はソティルの案を一蹴した。

「確かに、土地の魔力を使えば魔力差は埋められるかもしれないけど、強力だからこそ、使用条件が厳しい。例えば、土地の魔力を使う為の魔方陣の作成には、小隊のものでも、最低一日かかる。兵団規模で使えるものなら、その何倍も時間が必要。防衛戦や攻城戦は確かに可能かもしれないけど、伏兵戦で、しかも相手の進軍に合わせての、土地の魔力を使っての戦闘はほぼ不可能よ」

 私だって、魔王討伐に向けて兵法書の類いは勉強している。だから、これぐらいのことはわかる。それに、理論だけではなく、土地の魔力を使う案は実際何度か実践されていたと聞いたこともある。防衛戦で実践したケースの話だと、魔王軍はこちらが土地の魔力を利用していると察すると、人類側の人員を上回る兵の数を用意し強行突破の作戦をとったらしい。その結果は、防衛側の敗戦と聞いている。つまり、土地の魔力だけでは、勝つための根拠としては不十分だ。

 伏兵戦、つまり待ち伏せ案にしても問題がある。

 事前に敵の進軍ルートを把握していたとしても、土地に縛られる必要のない魔王軍は、すぐにルートを変えて、待ち伏せをさけられる。そうなると、人間側はせっかくつくった自陣を放棄しないといけなくなり、結局いつのものような遭遇戦に追い込まれる。

 土地の魔力は強力ではあるが、こちらから積極的に攻勢を掛けられない分、相手に選択権を与えることになる。だから、戦略的に一手遅れてしまうのだ。レオーンのような王都規模の拠点防衛戦なら成立するかもしれないけど、他の町々の進軍には結局対応できない。

 正直なところ、ソティルの出してきた案に私は落胆した。こんなこと、大したアイディアじゃない。すると、ソティルは私の顔をじっとみて、何やら楽しげにニヤニヤしていた。

「……なに?」

「いえ、期待して答えが返ってきたから嬉しくて」

「はあぁ?」

 ありがちなは批判だったというのか。バカにされた気分になり、私はつい不満を露わにしてしまった。

「あなたの言うとおり。土地の魔力を活かした防衛戦、攻城戦というだけでは、魔王軍を倒せない。伏兵戦も分が悪い」

ソティルは私の反応を気にせず、むしろ私の反論を認めた。そして、

「でも、もし魔王軍の進軍状況や戦力の内容が事前に分かるとしたら、どの局面においても、相手の動きに合わせた戦いができると思わない?」

「……どういうこと?」

 私はソティルの言葉の意味が分からなかった。

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