旅立たない討伐作戦 ①

 私はその夜、結局ソティルの部屋に泊まることになった。というよりも、疲れ果てて気づいたら部屋の隅で寝てしまっていたのだった。

 昨晩、魔王討伐をするといったソティルは、あの後詳しい説明をすることなく、調べたいことがあると言って下の階へと降りていった。この部屋の下には書庫があるそうだ。この部屋にもよくよく見ると、机の上やベッドの枕元、部屋の隅などに本がたくさん積まれている。活版印刷技術が発展して庶民でも大分本が入手しやすくなったとはいえ、自前で書庫を持っているとはやはり一国の王女というか……贅沢で妬ましい。まあ、私は魔法書以外の本は読まないからどうでもいいけど。

 私は、固くなった身体をほぐすように伸ばしながら起き上がると、あることに気づいた。

 昨日、私が壊した扉が綺麗に修復されていたのだ。

 それは普通の大工の仕事でできることじゃない。おそらく何かしらの魔法やデュナミスを使ったのだろうけど……自分でやったのだろうか。どれぐらい寝ていたか分からないので、私は時計がないか周囲を見渡す。けれど見当たらなかったので、外の光から時間帯を確認することにした。

「……あれ?」

 思わず声が漏れた。昨日窓から見た景色と、今の景色が違ったのだ。

 眼下に広がる街の光景は変わらない。しかし、見えている家々の屋根などが、どことなく遠い気がする。

 なんだこれ……。私は確認の為に、屋上へ続く階段を駆け上がった。そして、屋上の扉を開けて、私は固まった。

 そこには、いつの間にか大きな露天風呂が出来ていた。

 木材で造られた浴槽には、お湯がしっかり張ってあり、水面からはもうもうと湯気が立ち上っていた。

「どうなってんの、これ……」

 昨日ここでソティルと話した時、こんなものはなかったのに。

 私が唖然としていると、屋上の端に人影のようなものが見えた。ソティルかと思ったが、よく見ると髪が黒い。長い黒髪に黒い瞳と褐色の肌。そして、白の作業着のようなものを着ている。表情も何処か乏しく見えるその女の子は、無言のまま浴槽の端を触っている。

「石造りにしたかった……」

 と、ぶつぶつとそんなことを呟いている。いや、何者? 無許可で簡単に入れる場所じゃないんだけど、ここは。私が声を掛けるべきか悩んでいると、

「スピラ、いる?」

 階段の方から私を呼ぶ声がした。振り向くとソティルの姿があった。昨日と同じ赤いネグリジェのままだ。着替えてないのだろうか。

「ソティル……これ、どうなってるの?」

「あの子? 彼女は、私の専属大工なの。テクトっていうのよ」

 黒髪の子の名前らしいが、そこは重要じゃない。

「そうじゃなくて、この露天風呂なに? というより、何か、この塔自体がおかしい気がするんだけど……」

「うん。建て増ししたの。露天風呂はそのついでね」

「た、建て増し?」

 あっさりと答えたソティルに私は困惑した。建て増しって、まさか階を増やしたってこと? 目視で確認するしかないと思い、私は屋上の壁の側に行き下を覗き見た。

地上が昨日よりも、遠い。明らかに塔が高くなっていた。

「え、なに……どういうこと?」

 一体何の為にこんなことをしたのだろうか。私が混乱していると、不意にソティルが私の手を掴んできた。

「案内してあげるから来て。あ、テクトはそのまま作業よろしく~」

 ソティルはテクトにひらひらと手を振ると、テクトは無言のまま頷いた。

 私はソティルに手を引かれるまま階段を降りていく。

「この塔って、私が封印魔法に縛られてから生活に困らないように、一階に浴場、二階にキッチン、三階に書庫、四階に私室の四階立てだったんだけど、それだけだと、色々と支障をきたすだろうから階を増やしたの」

「支障って何よ? というか階を増やしたって、建築系の魔法?」

「テクトのデュナミス。決まった空間内の建物を自由に改造することができるの。改築、改装、建て増し、全部思い通りよ」

 便利そうだが、大工の仕事がなくなりそうな能力だな……。

「増やしたって、どれくらい?」

「地上三階分と地下二階分で合計五階分ね」

「増やしすぎでしょ」

 私が寝ている間に、とんでもない大工事が行われていた。ソティルに引っ張られるまま、大浴場のある階まで到着する。階段はそこで途切れていた。

「下に行けないじゃない」

「一応王族だからね。プライベートとパブリックを分ける為に階段はあえてなくしたの。ここから先は、転移魔法を使うのよ」

 ソティルは言うと、浴場の入り口側の床に描かれた魔方陣を指さした。

「この魔方陣は各階にあるけど、四階以上へは私が登録した人間しかいけないようになってる。あ、スピラは登録済みだから大丈夫よ」

 何が大丈夫なのだろうか。ソティルは私を引っ張ったまま、魔方陣の上に移動する。魔方陣が発光して転移魔法が発動した。

 直後、目の前の景色が広々とした空間に切り替わる。そこには、大きな円卓とそれを囲むように豪奢な椅子が置かれていた。

「ここは?」

「二階の作戦会議室。あとは、他の階に実験室とか情報管理室とか色々用意したわ」

 ……頭が痛い。これほどまでに塔を大改造して、ソティルは何をするつもりなのか。というか、魔王討伐はどうした。

「で、この改築と魔王討伐にどんな関係が?」

「そうね、説明するけど……まずは、お昼ご飯にしましょうか。さすがに夜通しの作業で、お腹すいたわ」

 ソティルは眠そうな顔を見せずに、そんなことを言った。昼まで寝ていたらしいことに気づいた私は、バツが悪くなってソティルから目を逸らした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る