旅立たない討伐作戦 ④
私とソティルが、ベッドのある私室へと向かうと、そこにはアリストス王がいた。
とにかくでかかった。でかすぎ。
身長は二メートルを超え背丈と、筋骨隆々とした腕と脚。部屋が一気に狭くなった気分だった。
そして、とてつもなく怖い。
ソティルと同じ若々しい金色の短髪に、頬から顎に掛けて髭を生やしている。それだけで貫禄としては十分なのに、頬には斬られたような大きな傷跡。何より深碧の瞳から発せられる眼光の威圧感が桁違いだった。加えて、その鋭い視線がすべて、なぜか私に向けられていた。え、なぜ?
思わず萎縮し、私は固まってしまう。
「この娘は?」
唸り声のような低音で、アリストス王が私の隣に立つソティルに聞いた。
「スピラ・スピンテールです。予言で〈勇者〉と共に魔王討伐に旅立つ仲間と告げられた子です」
「魔王討伐の旅か……では、なぜ、お前たちはまだここにいる?」
当然の疑問をアリストス王が問い質してきた。
既に出発の日は過ぎている。端から見たら、当然、こんな場所にまだいるのはおかしい。魔王討伐自体を諦めたわけではないけど、返答を間違えたら死罪になりそうだ。
「えっと、その……」
「魔王討伐の旅は止めました」
狼狽える私の代わりに、ソティルがあっさりと答えた。
「止めただと?」
アリストス王の声が重く日々渡る。明らかに高まる殺気。あ、オワッタ……。魔王倒す前に斬首刑になりそうだった。
「その代わりに、魔王軍に勝つ案を計画しました。お父様のお力を借りられればと、考えているのですが」
ソティルは空気を読まずに淡々と答えた。
おい、やめなさいって! 絶対に断られるから! 王様めっちゃ睨んでるから!
私はすっかり、アリストス王の貫禄に震え上がっていた。もしかしたら、魔王より怖いかもしれない。魔王、まだ見たことないけど。
「その前に、告げなければならないことがある」
アリストス王はそう口にしつつ、ソティルの前に近づいていく。
ソティルの額に、冷や汗のようなものが浮かぶのが見えた。
異様な緊張感の中、王の言葉を待っていると――
「寂しかったぞ、娘よ!」
突進する勢いで、アリストス王がソティルに抱きついた。
「…………はい?」
私は何が起きたのか分からず、目の前の光景を見て固まった。
気づいたら、部屋を満たしていた殺気だった空気は霧散していた。ソティルに抱き寄るアリストス王の顔はデレデレになっており、一気に甘々な雰囲気になっている。
ダメだ、脳の処理が追いつかない……。
「出発の日までに戻るはずが、戦が長引き、もう会えないかと思ったぞ! ああ、可愛い娘! 生きてまた会えて父は嬉しいぞ!」
さっきまでの威圧感は何処へ消し飛んだのか、髭の生やした頬を、ソティルの頬にすり付けている。ある意味こっちの方が危ない絵面な気が……。
力が強かったのか、ソティルが顔を顰める。
「お父様……臭い」
「ッ! す、すまん……戦場から直行したばかりでな……」
愛娘の痛烈な一言に、アリストス王が狼狽えたように離れた。若干、目が涙目になっている気がする。
「しかし、会えて嬉しいが……魔王討伐を止めたとはどういうことだ? それに魔王軍に勝つ案とは」
「説明します」
言うと、ソティルは先ほど私に話した内容を、アリストス王へ説明した。
……さて、どうなるか。先ほどの私の指摘は、ソティルの計画の最も大きな課題でもある。一国の軍事力と行政の権限を、たった一人の少女の案で動かせるのか。話している限りソティルはかなり優秀だし、王族でその立場を担えるとはいえ、戦の経験があるわけではない。事は国の存亡を超えて、人類の存亡に関わる問題だ。
いくら〈勇者〉の予言を受けているからといって、そんな権限を与えられるはずがない。
見た限り、アリストス王は娘を溺愛しているみたいだけど、さすがに、それがいかに危険なことか知解できるぐらいの分別はあるだろう。
「――という感じなんですがお父様。その為に騎士団を動かす権限と、各行政機関を動かす権限が欲しいのですが」
「いいぞ」
秒で権限与えやがったんだけど!
ほぼ国の全権、たった三文字で渡したんだけどこの王様。
大丈夫なの、この国!?
私は思わず、アリストス王に進言した。
「アリストス王、よ、よろしいのですが? 国の権限をそんなにあっさりと……」
「我の決定に不満でも?」
「滅相もございません!」
娘とは対照的に、私には睨みをきかせるアリストス王。娘への愛の一%でもいいので、国民にも分けてください……。
すると、アリストス王は真面目な顔になり、ソティルに視線を戻した。
「簡単に承諾したが、何も安易に答えた訳ではない。ソティルの案は理にかなっているし、勝つ見込みがあると判断した。それに、魔王軍との戦いを好転させるには、戦略の質だけでなく、一秒でも早い迅速な行動が必要だ。いちいち我を通せば、それだけ実行が遅れるというもの」
「お父様、今回の戦闘は?」
神妙な面持ちになったアリストス王に、ソティルが何かを察したように問いかけた。
「南の要所であるコーリオンは、何とか死守した。犠牲者も少ない。だが、それは運が良かっただけだ。魔王軍の幹部クラスが、なぜか今回の戦では出てこなかったからな」
重々しい口調で、アリストス王が答えた。
魔王に比肩する力を持つと言われている魔王軍の幹部は、全員で三人いると言われている。滅多に前線に出てくることはないが、彼らが出陣してきた戦には、人類側がすべて敗北している。
「人類が生き残るには、もはや普通の方法では達成できない。ソティル、お前はこの戦の勝利を信じているか?」
「お父様も知っているでしょ。私、冒険はしない主義です」
アリストス王の厳粛な問いに、至って当然といった形で答えるソティル。その姿に、アリストス王は満足そうな笑みを見せた。
「ならば、私もお前を全力で支えよう。ラトレ!」
アリストス王が、扉の方へ声を掛けた。
すると、扉の前で待機していたのか、鎧を身に纏った女騎士が部屋へ入ってきた。
私よりも若干小柄な印象の少女だ。戦場に似つかわしくないような、鮮やかな桃色の髪をしているが、目付きは鋭く、その表情からは歴戦の騎士を思わせる精悍さが感じられた。
「ラトレ・スタウロス。先の戦いでは、私の護衛任務を任せたAランクの魔法騎士だ。今日からお前の護衛に付けることにする。良いな、ラトレ」
「承知致しました」
ラトレは答えると、ソティルの前で片膝を付き、頭を下げた。
「あ、ラトレだ。久しぶり」
恭しく礼をするラトレに対し、やたら気さくに話しかけるソティル。ラトレはその言葉に応えず立ち上がると、ソティルに向かって胸に手を当てる形の敬礼をした。
「扉の前で待機致します。何かあれば、お呼びください」
ラトレは言うと、何処か足早に部屋から出て行った。素っ気ないというか、真面目な子なのだろうか。
「よし、ソティル。手始めに何から始める? まずは情報班の人員選出からか?」
アリストス王がやる気に満ちあふれた感じで、ソティルに問いかけた。
「いえ。お父様は先にお風呂入ってください。さっきから臭さで鼻がもげそうなので」
「……わかった」
捨てられた犬のように、しゅんとなる王。
何処の家も、父娘の関係は似たようなものだった。
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