旅立たない討伐作戦 ⑤
ソティルの計画は迅速に実行された。
情報班の人員を募り、二十四時間の監視体制をつくるためのグループ分けとシフトの作成。得た情報を解析する解析班の設立。情報を元に現地調査を行う調査班の設立。各チームの連携がしやすいように通話用のデュナミスの配布と使い方の説明。そして、ソティルのデュナミスを使った盗聴と監視の開始。
というのが、今日の夜までの話だった。
展開が早すぎる。
「はぁ……」
私はというと、出来たばかりの露天風呂に入って、大きくため息をついていた。
昨日の夜よりも高くなった塔の見晴らしはさらに良くなり、加えて満点の星空と程よい湯加減の露天風呂。
快適さ倍増といった感じだけど、私の気分は晴れなかった。
ソティルの計画は順調に進んでいる。それで魔王軍を倒せるかは実行してみないとわからないけれど、一つだけ確かなことがある。
ソティルの計画に、私の活躍の場所はないことだ。
彼女の計画は、個の力よりも、集団としての力を高めるものだ。
つまり、勇者による魔王討伐の冒険ではなく、人類と魔王軍との本格的な戦争へ切り替えるということ。
まあ、元々今が戦争状態ではあるのだけれど、『戦争をして勝つ』と頭を切り替えたことは、予言のことや千年前の勇者の伝説を踏まえれば、かなり画期的だと思う。
でも、そこに私が個人として力を発揮できる場面はあるのだろうか。この作戦がうまくいっても、賞賛を得るのは私でなくソティルだろう。
私は八年間、自分が〈勇者〉になる為に努力してきた。
自分が本当の〈勇者〉だと、世界に認めさせる。
それが、今まで頑張ってこられた動機だった。
「私のやってきこと、何だったんだろう……」
思わず言葉が漏れた。大きな流れの中で、自分だけが取り残された気分だった。
魔王討伐の旅も叶わず、本当の〈勇者〉のソティルほど、強い立場を持っていない。昨日より状況は好転したはずなのに、私の心情は無力感でいっぱいだ。
「町に帰ろうかな……」
私がそう呟いた時、
「スピラ、一緒にはいろー!」
傷心の私を踏み倒すように、素っ裸のソティルが風呂にやってきた。ソティルはかけ湯をさっさと済ますと、浴槽に入って私の側に寄ってくる。
「いや、広いんだからもっと離れてよ……」
私はお湯の中で少し後ずさった。正直なところ、誰かと一緒にお風呂に入った経験が親以外にないから恥ずかしいし、ソティルのプロポーションは同性とはいえ目に毒だ。
私と違って、ソティルは照れたような様子を見せず、きょとんした顔をする。
「何言ってるのよ、親睦を深める為にこのお風呂造ったんだから、近寄らないと意味ないでしょ。うへへ、綺麗な肌をしてますなぁ、スピラさん」
「何の親睦を深めるつもりだ」
近寄ってくるソティルから逃げるように、私は身をよじる。というかこの子、胸もでかすぎるんだけど……神様は贔屓しすぎだと思う。
「えっと……計画うまくいきそう?」
私は話を逸らす為、そんな真面目な話題を振ってみる。
「……実は、重大な見落としを発見したの」
途端に深刻な顔でソティルは言った。え、本当に? 一夜にして国家規模で動き出している計画にそれはまずい気が。
「一体、なにを?」
「私のデュナミス……名前がなかったの」
脱力して、私は湯船にずるずると沈んでいく。
「どーでも良すぎる……」
「でも、いちいち私のデュナミスって言い方面倒なのよ。今はいいけど、他の人のデュナミスも作戦に組み込む時に、ややこしいわ」
「じゃあ、糸なし糸電話って言ってたから……略してイトデンとかにすれば」
「よし、それにしよう」
即断したよこの子……。魔王討伐の件といい、私の提案なら二つ返事なの?
「そんなのじゃなくて、計画の進捗は?」
「一応、下準備は終わったところかな。かなりスムーズに進んでるけど、でも、大事なのは情報を得てからどう動くかだから、まだまだ始まったばかりよ。作戦がうまくいくかは、実際の戦闘次第ではあるし」
「まさか騎士団の指揮も取るつもり?」
私が身体を起こして問いかけると、
「そうよ」
しれっと答えるソティル。正気か……。
「さすがに無理があるんじゃないの?」
「古今東西の魔法戦の戦術書は読んだし、私、この騎士団の誰よりもモノマキアが強いのよ」
ソティルが大きい胸を張って言い切った。モノマキアというのは、国境を越えて人気なボードゲームだ。縦横九個ずつの合計八十一マスの中で、様々な特性を持った魔法騎士をモチーフとしたコマを動かして戦わせるというものだ。優秀な戦略家ほどモノマキアが上手いと言われてるけど……それとこれとは話が別だろう。
「でも、ゲームはゲームでしょ」
「勿論、各隊長の意見はどんどん取り入れるし、場合によっては現場判断に任せる。でも、私みたいな美少女が指揮を取った方が、志気があがると思わない?」
「自分で言う?」
「自分で言った方が、それが逆に隙になって、嫌味がないのよ」
どうやら姫様は、処世術にも長けてるらしい。
「はいはい。可愛いですよ、ソティル様は」
「お、反抗的だな。死罪にするぞ~」
ケラケラと笑いながらソティルは言った。怖い冗談やめろ。
ソティルはひとしきり笑うと、まるで湖でもいるように、身体を仰向けでぷかぷかと浮かせ始めた。行儀悪すぎる上に、色々見えすぎなんだけど……。
「見ててよ。私、この塔から一歩も出ることなく魔王を倒して見せるから」
「勇者らしいんだか、そうじゃないんだか……」
魔王討伐の旅の予言は、きっと昨日の段階でハズレたのかもしれない。
でも、〈勇者〉と言われたソティルが魔王を倒そうと決意したのは、予言が当たっているとも言える。人の運命なんてものは、もしかしたら変えられないものなのかもしれない。でも、人の一生のすべてが運命によって決まっているとも思いたくない。
私の予言は、〈勇者〉の仲間になることだった。そのことは不満だし、納得していない。
けれど、どんなに努力したところで、運命には勝てないのだろうか。
だったら私は……。
「田舎になんて帰らせないからね、スピラ」
ソティルは湯船で浮かぶのを止めて、また私の側に近寄ってきた。その言葉に、私はドキッとなった。さっきの聞こえてたのか……。
「いや、何であなたにそんなこと……」
「好きだから」
「ウソつけ」
「バレたか」
ソティルはまた笑いつつ答えた。何か腹立つな……まあ、さっきは弱音をこぼしたしネガティブ思考になってるけど……ソティルに言われるまでもなく、実際、帰るつもりはない。
というか帰れない。
私の望む形ではないとはいえ、町の皆の期待を背負って私はここにいる。魔王軍との戦いの命運は、当然、私に期待している人たちの命にも関わることだからだ。だから、簡単に諦められない。だいたい、今のこのこ帰ったら、チヤホヤされるどころか、町での居場所も失いそうだし。
けれど、どうやって成果を出すか……。ソティルが塔から出ない以上、本当にこの子の助手みたいなことしかできない可能性がある。
「どうしたの?」
思い悩む私に、ソティルが問いかけてきたその時だった。
「ソティル様!」
屋上の扉から、騎士のラトレが慌てて入ってきた。ラトレは互いに寄り添って湯船に浸かっている私たちを見て一瞬困惑した様子になるが、すぐに険しい顔に戻る。
「なに、どうしたの?」
「情報班から報告です。魔王軍幹部のニパスが、オルニスに現れました!」
私は息を呑んだ。
南の要所であるコーリオンにも現れなかった魔王軍幹部が?
しかもそこは、魔王軍の求めている何かがあると、ソティルが推測していた場所だ。
「先を越されたわね……」
ソティルの掠れた声が、夜の空間に響いた。
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