魔王軍幹部 ①

 ラトレからの報告を受けた後、私とソティルはすぐに着替えて下の私室へ移動した。

「詳しい状況は?」

「ソティル様の命令で先行して配置していた騎士中隊と、魔王軍幹部のニパスが交戦状態に入りました」

「まずは状況を確認するわ」

 ソティルは言うと、両手から青白い光と共に、テーブルに二つのデュナミス――イトデンを発現させた。自分で決めておいてだけど、気の抜ける名前だな。

 今回は黒色と、もう一つは青色のものだった。黒色は確か盗聴用だったはず。

 ソティルはそれらの口を上向きにして、テーブルの上に置いた。

「音声と映像を確認するわ」

 ソティルが言うと、青色のイトデンの口から強い光が放たれた。その光が天井にぶつかる。直後、天井にはまるで窓から見た何処かの風景が現れた。

「な、なにこれ……」

 初めて見る現象に、思わず戸惑いの声を漏らしてしまった。

「これが〈映像〉よ。今オルニスで起きていることを、リアルタイムで投影しているの」

「今起きていることって……本当に?」

「ほら見て」

 ソティルが天井に投影された映像を指さした。そこでは、村近くの平野で勃発している魔法戦の様相が繰り広げられていた。その場の音なのか、魔法発動時の空気を裂くような音や、爆発音のようなものが黒いイトデンから聞こえてくる。

「青は映像を撮れるけど、音は同時に拾えないの。だから黒と併用しているんだけど……ラトレ、敵は幹部一人?」

「報告だと一人です」

「わざわざ幹部一人で来たってことか……私の読み、当たってるかもね」

 ソティルは言うと、私の方へ視線を向けた。

「つまり、魔王軍は何かを探しているってこと?」

「そう。しかもこのオルニスが、攻められていない最後の遺跡の場所。やつらの探してるものは、ここにある可能性が高い」

「わざわざ幹部が出てきてるのも、それっぽいわね」

 魔王軍が探しているものが何か分からないけど、もしソティルの仮説が真実なら、今後の戦いを左右する重要な局面になりそうだった。

「なら、魔王軍よりも先にその探し物を確保しないと」

「問題は、どうやって幹部を退けるかだけど」

「敵は一人です。中隊規模なら抑えられるのでは?」

 思案するソティルに、ラトレが言った。

「幹部レベルの力は未知数よ。中隊でも抑えられないかもしれない。まずは転移魔法を使って、増援を送りましょう。並行して、飛行魔法が使える機動力のある隊も動かして」

「向こう側に陣を敷けないとなると、転移魔法は簡易式のものになります。一度に送れる人員は一人が限界ですが」

「最初は私の部屋の陣を使うにしても、再充填に時間がかかるしね……」

 ソティルが小さく歯噛みした。転移魔法は、空間を移動することの出来る画期的な魔法だけど、その分消費魔力や使用条件も厳しい。

 小隊規模など大量の人員を転移させるには、まとめて送れるだけの巨大な魔方陣を描く必要があるのに加え、通常は、入り口と出口の両方の陣をあらかじめ用意しておく必要がある。必然的に陣の作成に時間がかかり、加えて、使用する為には魔方陣内に大量の魔力をため込む必要がある。強力な魔法だが、準備に時間がかかるのが最大の難点だった。最も簡易的なものを用いて出口の陣なしで個人を転移させたとしても、魔力の充填に三十分以上はかかる。この切迫した状況においては、送れる人員には限りがあるのだ。つまり、誰が最初に行くかが重要ということ。

 だったら――――。

「ソティル、私に行かせて」

 私は名乗り出た。ラトレが私の発言に、大きく目を剥いた。ソティルの方は、特に驚いた様子を見せていない。

 彼女たちの心情は知らないが、これは私の目的にとっての大チャンスだ。魔王軍幹部との直接対決、しかも重要な局面。

 名を馳せる為には、逃すわけにはいかない。

「私が行って、幹部を抑える……いや、倒してくる!」

 ここで私が魔王幹部を倒して、力を見せつけるんだ。

 ソティルの計画がこのまま進めば、個人での力を見せるチャンスはないかもしれない。

 でも、もし魔王幹部と戦えるだけの力を証明できれば、計画の中でも最前線に出られるはず。そうすれば、魔王を私が倒す機会だって巡ってくるはずだ。

すると、ラトレが私は睨めつけてきた。

「スピラさん……これは、遊びではないのです。ともすれば、戦局の命運を決めるかもしれないんですよ」

 ラトレが厳しい口調で、私を窘めた。ラトレはAランクの騎士らしいけど、私だって力では負けていない。魔法騎士の検定で、私はさらに上のダブルAランク。ラトレより格上だ。それを指摘しても良いけど、実践経験の差を出されると分が悪いから、機先を制しておこう。

「私は〈勇者〉の仲間としてここにいるの。だったら、ソティルの命令を実行するのは私の役目じゃない?」

「それは……」

 ラトレの気勢が簡単にそがれる。予言を信じている人達にとって、この言葉の効果は絶大だ。ラトレも例外ではないのだろう。ソティルの方を横目で見ると、私の発言に少し呆れたような顔をしていた。当然、ソティルには私の真意はバレている。けれど、彼女なら首肯するだろうという、確信めいたものがあった。

「ソティル、いいでしょ?」

「うーん……いいわよ」

「ソティル様!」

 あっさりと了承するソティルに、ラトレが慌てた。

「スピラの魔法騎士の実力は把握してる。他の団長クラスの騎士を送るのも手だけど、皆遠征中で、それぞれの戦線の維持もいる。お父様も昨日の戦闘でお疲れだし、いきなり魔王軍幹部と個人で戦わせるのはリスクが高い。なら、今一番適任なのはスピラで正解」

「それは……」

 ラトレが歯がゆそうに言い淀んだ。よくもまあ一瞬で、つらつらと根拠を出せるものだ。けど今回は、その答えが有り難い。

「ただし、これを持っていくこと」

 ソティルは言うと、私に向かってポイッと何かを投げつける。キャッチして確かめると、どうやら白い耳栓のようだった。

「なにこれ?」

「小型のイトデンよ。紙コップ型と違って、大きな音はでないけど、耳にはめ込んで使えるの」

 こんなものまで生み出せるのか。能力の幅が広すぎる。最初は戦闘向きではないと思っていたソティルのデュナミスだけど、これは場合によってはどんな武器や能力よりも役立ちそうだ。

「それを必ず付けて戦うことと、危なくなったら逃げることが条件」

「わかった」

 私はさっさと了承し、小型のイトデンを左耳にはめ込んだ。ラトレはそんな私の様子を、睨んでくる。ソティルが、何かもの言いたげな様子のラトレの方へと、視線を向けた。

「ラトレはここで私のサポート。助手を前線に出すんだから、その分の働きに期待するわ」

「……了解致しました」

「誰が助手だ」

 まだ言ってるし。でも、私がここで成果さえ出せば、きっと皆が私の力を認めてくれる。もしかしたら、私がソティルの代わりに魔王討伐の旅に出られるかもしれない。

「時間がないわ。スピラ、こっちに」

 私はソティルに呼ばれて部屋の中央へと移動しつつ、天井の映像を確認した。映像は遠目からのものの為、状況の詳細は分からない。けれど、騎士隊が押されているのは明白だった。

 私が部屋の中央に立つと、ソティルが部屋の床に手を触れた。

直後、私の足下に緑色に発光した転移魔方陣が現れる。ピラント女王を飛ばした時と違ってソティルが陣に手を触れているのは、出口の魔方陣が設定されていない為、頭の中のイメージでもって行き先を設定しているからだ。ソティルは転移魔法の準備が整うと、私の方へと視線を向けた。

「いくわよ、スピラ」

「いつでも」

 私はすぐさま答える。

 大丈夫。私ならできる。その為に、必死に努力してきたんだ。

自分の運命は、自分の力だけで勝ち取って見せる。予言なんかに負けはしない。

 魔方陣の緑色の発光が強くなる。いよいよだ。

「無茶はしないでね、スピラ」

 不意に、ソティルが私の顔を見て、そんなことを呟いた。不安の色を僅かに滲ませたその表情に私は口元が緩む。

「私は、冒険する主義よ」

 直後、私の視界が緑色の光に包まれた――――。

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